日本各地の発酵食品をご紹介します。世界の食文化研究の第一人者、石毛直道の「発酵コラム」も必読です。
塩辛
【黒づくり】
殿様の献上品として納められたイカの塩辛
塩辛といえば、まず思い浮かぶのが「イカの塩辛」ではないでしょうか。イカにはモンゴウイカ、ケンサキイカなどいろいろな種類がありますが、おもに塩辛に用いられるのは漁獲量がイカ類で一番多く、9月から10月にかけて旬を迎えるスルメイカです。イカは昼間は海の底のほうにいますが、明け方や夕方になると海面のほうに浮き上がってきます。このときを狙って、夜の間に漁が行われるのです。
水揚げされたイカは、腹の部分だけを皮をむいて二枚三枚に薄くおろし、できるだけ細切りにしたものを塩漬けにします。これに肝臓と墨袋をすり混ぜて独特の香味を加えたものが「黒づくり」です。一方、残った頭や足などは墨を加えないで普通の塩辛につくったものを「赤づくり」といいます。つくり方にもバリエーションがあり、イカの腸を使ったものを赤づくり、そこに墨を加えたものを黒づくりとすることもあるようです。
黒づくりは富山県の名産で、寛文年間(1661~1673年)にマグロの餌にする塩イカを切り込み、冬期不漁のときの食用にそなえたのが始まりと伝えられています。時代は下って享保年間(1716~1736年)・八代将軍吉宗の時代にはさらに製法が改良され、加賀藩主の参勤交代の際、献上品となったともいわれています。また、沖縄には、モンゴウイカの墨を使った「すみいか」というものがあります。墨を使う料理は沖縄に多いため、黒づくりの製法は、日本海から対馬海峡を通る北前船によって、琉球王国との交易からもたらされたとも考えられています。