発酵食品名鑑

日本各地の発酵食品をご紹介します。世界の食文化研究の第一人者、石毛直道の「発酵コラム」も必読です。
  • 酒

【チチャ】

身近な「デンプン分解酵素」を利用

 

チチャとは、南アメリカのアンデス地域の酒で、トウモロコシやキヌアなどの雑穀を原料にしています。唾液を利用して発酵させたものと、発芽した穀物を利用して発酵させたものがありますが、ここでは唾液を利用して発酵させた伝統的なチチャについてご紹介しましょう。

もともと糖度が高い果汁や樹液などは、そのまま酵母のはたらきで発酵させることができます。ところが、トウモロコシや雑穀は、そこに含まれるでんぷんを分解して糖にしなければ、発酵させることができません。そこで、アンデス地域をはじめとした南アメリカでは、でんぷんを糖にかえるもっとも身近な酵素、すなわち唾液を使って、酒づくりを行ってきたのです。
じつは、こうした「口噛み酒」の記録は、古くから中国、台湾、カンボジアなどアジア一帯にも残されています。日本でも口噛み酒がつくられていたことを記す文献があります。また、同じ南アメリカのアマゾン地域では、マニオクという芋類を原料とした口噛み酒がつくられています。

アンデス地域でのチチャづくりは地域によって多様です。その一例を挙げるとつぎのようなものです。
まず、挽いて粉にしたトウモロコシやキヌアの一部を口に含んで唾液とよく混ぜ合わせ、残りの粉といっしょにして水を加え、加熱し、かめに移し替えて数日から2週間ほど寝かせて発酵させます。
チチャづくりはおもに女性の仕事でした。チチャを神聖な飲み物として太陽に捧げていたインカ帝国では国中から女性たちが集められ、チチャづくりをしていたそうです。

ところで16世紀、ヨーロッパから渡ってきたスペイン人たちにとって、口から吐き出したもので醸す酒は、受け入れがたいものだったようです。その影響を強く受けたアンデスでは、今日、口噛みではなく、発芽させたトウモロコシを用いて発酵させたチチャのほうが多くつくられています。

アマゾン地域で口噛み酒づくりに使われるマニオク(高知県立牧野植物園 田中氏 提供)