発酵食品名鑑

日本各地の発酵食品をご紹介します。世界の食文化研究の第一人者、石毛直道の「発酵コラム」も必読です。
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【奈良漬け】

奈良時代の木簡に残る「加須津毛」の名

奈良時代、日本ではすでに酒づくりが行われていた記録が残っています。その奈良時代の昔から、濁り酒の汁かすに塩漬けした野菜を漬けて食べていたようで、これがかす漬けの起源のようです。8世紀の奈良時代に権勢を誇った長屋王の住居跡からも「進物・加須津毛瓜(かす漬け瓜)」と記された木簡が出土しており、歴史の古さがわかります。

ここに登場するうりも、古くから漬物に利用され、古来、日本人に親しまれてきた作物のひとつ。奈良の酒かすと、この地方で栽培される白うりでつくるかす漬けが「奈良漬け」です。

白うりは皮がやわらかいうちに収穫し、塩で下漬けしてから酒かすで何度も漬け替えます。このとき、うりの中にしみ込んだ塩分を少しずつ酒かすのアルコールや糖分と入れ替えていくのです。多いものでは1カ月ごとに4回も漬け替え、最後に本漬け用の酒かすに漬け込んで50日ほど熟成させます。今では白うりのほか、隼人うりやきゅうり、メロン、なす、れんこん、竹の子など様々な野菜が奈良漬けになっています。

奈良漬けに使う酒かすも、冬に仕込んだ清酒のしぼりかすを桶に漬け込んで、さらに熟成させてから使います。かつては濁り酒の澱(おり)に漬けていましたが、清酒が飲まれるようになった江戸時代、圧搾機などの酒を搾る道具が発達して、酒かすが簡単に分離できるようになり、酒かすの固まり(板かす)を使った今日のやり方で、奈良漬けがつくられるようになりました。

ところで、江戸幕府を開いた徳川家康と奈良漬けには浅からぬ縁があるようです。奈良の中筋町に、糸屋宋仙という漢方医でかす漬けづくりの名人がいました。1614(慶長19)~1615(慶長20)年の大坂の役のとき、宋仙は、徳川家康の陣地に奈良名物のかす漬けを献上したのだそうです。家康はその風味のよさにたいへん感激し、やがて家康が天下をとったあとは宋仙を江戸に呼び寄せて、医者をやめさせ、奈良漬けづくりの幕府御用商人にさせたという逸話が残っています。