「食」を考えるKIRIN・東京大学パートナーシッププログラム 2009年度

2009年度のテーマは、「作り手と食べ手にとっての、良い食べ物、良い食べ方」。食の背景にある社会・文化・科学的な営みを多面的に学ぶことで、「考えて食べる」ことを目指し、駒場祭や公開セミナーでの発信も行いました。

特別講演会「映画に見る日本の食卓」 ~山田洋次監督

キリン食生活文化研究所は、“映画に見る日本の食卓”をテーマとした講演会を11月30日(月)に開催。映画監督の山田洋次氏を講師に迎え、同氏の作品に登場する食事のシーンに込めた想いと、日本の“食”についてお話を伺いました。

日時: 2009年11月30日(月)18:40~20:00
場所: 東京大学駒場キャンパス18号館ホール
講師: 映画監督 山田洋次

『山田洋次監督 東大生と語らう 「映画に見る日本の食卓」』と題された今回の講演。講師となった山田氏は、青春時代を過ごした東京大学のキャンパスを懐かしみながら、自身の作品で描いた「食事のシーン」を解説し始めました。
山田監督の映画に現れる食事のシーンは、作品の時代背景や登場人物たちの家族構成を表現する重要な要素となっているのが特徴。2002年公開の『たそがれ清兵衛』の冒頭、主人公が家族で朝食をとる場面もその一つだと、山田氏は語りました。
「原作者の藤沢周平氏は、常に庶民の暮らしをウソなく描いた作家。映画化する際も、現代で言うサラリーマンである下級武士の朝食を、できるだけリアルに描きました」(山田氏)
作品の舞台となった江戸末期において、下級武士に関する数少ない資料を基に想像して描いた、一人ひとりが箱膳に向かう粥と漬物だけの朝食シーンは、主人公の質素な日常を物語るために重要な場面でした。

食事のシーンで表現する時代・家族・人生観

続いて紹介されたのが『母べえ』(2008年)。この作品で山田氏は、太平洋戦争開戦の前年、厳しい食糧事情の中で家族がちゃぶ台を囲む一汁一菜の夕食風景によって、当時の時代背景や家族関係を表現しました。
また山田監督は、登場人物の内面も食事のシーンによって表現しています。代表作である『幸せの黄色いハンカチ』(1977年)で、刑務所を出たばかりの主人公が食事をするシーンもその一つ。山田氏は「3年ぶりに出所して一番食べたくなるものは何か、ということを考えました。その結果、日本人のトータルな食の好みということで“ラーメン”と“かつ丼”そしてビールとなったわけです」と語りました。
『学校』(1993年)では、複雑な事情から夜間中学に通う人々の“楽しみ”としての給食シーンが、また『息子』(1991年)では数十年ぶりに絶望感に打ちひしがれて帰郷した主人公の“救い”として、今はもういない三世代の家族が主人公をにぎやかに迎える「幻想」の食事シーンが描かれています。監督からは、日本人の生活からも失われつつある、「一緒に食事をすることの大切さ」を今一度考えてほしいと問題提起されました。

寅さんシリーズの食に現れる社会観

山田洋次作品の代表シリーズである『男はつらいよ』にも、印象的な食の場面が登場します。山田氏が「少しコミカルなものを」とコメントしながら紹介したのが『男はつらいよ 寅次郎相合傘』(1975年)で、切り分けたメロンをめぐる騒動のシーン。
「もらってきたメロンをみんなで食べる時に、寅次郎の分がないという状況になって寅次郎が怒ってわめくというシーンです。この作品が公開された時に、私自身、劇場に足を運んだのですが、場所によって笑いのシーンが違うのです。ほとんどの場所では“たかがメロンで”と大きな笑いが沸き起こりましたが、メロンがまだまだ高級品だと思う人が多かった下町では“寅さんがかわいそう”と悲しい気持ちで見ていたのです。」一つの食べ物を描いたシーンに対する反応にも、それぞれの社会観が現れるという例を紹介し、講演は終了しました。

出席者の感想

出席者からは、「山田監督の映画への想いを聞き、改めて家族と食について考えるきっかけとなった」、「モノとしての食だけでなく、文化の中での“食”について考えさせられた」、「“食”はコミュニケーションだと実感した」などの感想が寄せられました。