食事と代謝と肥満 Mark I. Friedman

脂質代謝と肥満との関係

高脂肪・高炭水化物の食事によって、ラットが肥満になるかならないかを見分けるには、遺伝子マーカーよりも、脂質代謝機能の違いを見る方が分かりやすいです。
モネル研の研究により、空腹時と、高脂肪のエサを食べた後での血中中性脂肪の変化により、エサを低脂肪・高炭水化物から高脂肪・高炭水化物に切り替えたときのラットの体重増加を予測できることが分かりました。
血中中性脂肪を調べたところ、高脂肪・高炭水化物のエサで肥満になるラットは、脂肪の酸化活性が低いのです。肥満傾向には、脂肪を酸化(燃焼)する能力が影響している可能性があります。ヒトの場合も、脂肪の酸化効率が低い場合に体重増加が予測されます。実際、慢性的に太っている女性は、やせている女性よりも脂肪の酸化能力が低いことが分かっています。

脂肪を燃焼(酸化)する力の低下で肥満になる

食事性肥満は、脂肪を燃焼させる能力、特に肝臓の能力が低い場合に進行しやすくなると考えられます。これは、ケトン体という物質を調べることで分かります。
ケトン体は、肝臓内で脂肪が酸化される際に生成される物質で、空腹時に増加します。肥満傾向のあるラットの場合、空腹時の血中ケトン体レベルは、肥満になりにくいラットの50%しかありません。つまり、太りやすいラットは、肝臓の脂肪酸化能力が不足しているのでないかと考えられます。このことは、前述した血中中性脂肪テストの観察結果とも一致します。このテストで、肥満傾向にあるラットから分離した肝細胞の脂肪酸化能力を調べたところ、肥満傾向にないラットから分離した肝細胞の半分しかなかったのです。また、肥満傾向のあるラットは、脂肪の燃焼に不可欠な肝臓内でのタンパク質の発現が少ないことも分かっています。
肝臓での脂肪の酸化を促進する薬物をラットに投与したところ、肥満になりにくいラットは、食事量や体重にかかわらず、過食と肥満が解消されました。このことから、肥満になりやすいラットには、過食や肥満を解消するために、脂肪の酸化を促進する薬物が相当量必要になるだろうと予想されます。

肥満リスクを同定する重要性

肥満のリスクが特に高い人や、ダイエット後にリバウンドしやすい人を予測できるようになれば、肥満の予防や治療に大いに役立つでしょう。貴重な研究予算を、特にリスクの高い人々に集中させることができれば、最も効果的な方法を使って肥満を解決できる可能性が高まると思うからです。血中中性脂肪による体重増加予測の精度を高めるには、今後も、さらに研究を進めなければなりません。

最終的には、こうした肥満に関する医学的指標の価値をヒトで評価する必要があります。脂肪の酸化能力を肥満の医学的指標として活用するには、測定方法の簡素化と迅速化も必要になります。呼気検査のように、ヒトの体を傷つけることなく測定する方法が開発できれば、特に子どもの肥満を予測するために、非常に役立つのではないでしょうか。
ヒトの場合、健康診断などで、総コレステロール、LDLコレステロール、HDLコレステロール、中性脂肪のように、分解されたものを指標として脂質代謝を見ていますが、こうした代謝に関する指標の活用法を検証し、体重や体脂肪率との関係、時間変化などの多くの研究をさらに進めることによって、食事性肥満のメカニズムを解明する手掛かりを得ることもできるでしょう。それはやがて、肥満治療の新たなターゲットの発見へとつながり、今後、食事療法や薬物治療を評価していくための有効な手段になると思われます。

文:Mark I. Friedman/ 訳:キリン食生活文化研究所

<出典>

Ramirez, I. and M.I. Friedman. Dietary hyperphagia in rats: role of fat, carbohydrate and energy content. Physiology & Behavior, 47: 1157-1163, 1990.
Ji, H. and M.I. Friedman. Fasting plasma triglyceride levels and fat oxidation predict dietary obesity in rats. Physiology & Behavior, 78: 767-772, 2003.
Ji, H. and M.I. Friedman. Reduced capacity for fatty acid oxidation in rats with inherited susceptibility to diet-induced obesity. Metabolism, 56: 1124-1130, 2007.
Ji, H. and M.I. Friedman. Reduced hepatocyte fatty acid oxidation in outbred rats pre-screened for susceptibility to diet-induced obesity. International Journal of Obesity, 32: 1331-1334, 2008.

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Q&A

Q.1 アメリカには、日本でいう食育基本法のような法律やガイドラインはありますか?
A.1
アメリカ政府による栄養教育のプログラムがあり、NIH(アメリカ国立衛生研究所)が、健康な食生活について幅広く啓蒙するガイドラインを作成しています。最近では、民間の慈善団体「ロバート・ウッド・ジョンソン財団」(Robert Wood Johnson Foundation:RWJF)が、550万ドルで幼児肥満防止のための基金を設立しました。この基金が目指すのは、子どもたちの肥満との闘いに焦点を当てた、栄養教育そのものです。RWJFは、組織的にしっかりとガイドラインの普及を行っていますから、幼児肥満を解決していく可能性があると思います。
Q.2 アメリカでは、15年も前から肥満が深刻な問題になっていますが、なぜ、いまだに解決できないのですか?
A.2
肥満は、解決することが困難な、大きな問題です。多くの専門分野での学際的な研究を必要とするからです。特に、代謝生化学、内分泌学、行動分析と精神物理学などの研究を長期間にわたって同時に進めていかなければなりません。こうした学際的な研究はモネル研の強みですから、肥満の問題を解決するためのいい位置にいるともいえます。
Q.3 なぜ、こんなに肥満が増えるのですか?
A.3
核心を突いた質問ですね。急激に肥満が増えていることから、遺伝的な背景以外に原因がありそうです。簡単にいえば、人々が定住し、昔のように活発に移動しなくなったこと (運動などによるエネルギー消費が減ったこと) や食べすぎ、高脂肪・高炭水化物の食事などが原因ではないでしょうか。遺伝的体質と食事の変化で肥満が増加したといわれていますが、明確に示すためには、さらに研究が必要です。例えば、高脂肪・高炭水化物の食べ物を同時に摂取すると体脂肪がつきやすいなど、食事の組み合わせと同時性なども研究されています。
Q.4 「肥満を解決する方法は?」と聞かれたら、一言で何とお答えになりますか?
A.4
「高脂肪・高炭水化物の食事を避けてください。運動をして、自分が食べた分のカロリーを把握してください」ですね。今回のエッセイの内容に即していえば、「あなたの体が脂肪を簡単に燃焼できないのでしたら、高脂肪・高炭水化物の食事を避けて、戦略的に低炭水化物の食事をとってください」と答えます。とはいえ、低炭水化物の食事ばかりではエネルギーが不足し、力を発揮しにくくなるので、長期間続けるのは困難です。ある程度のエネルギーを維持する事が大切ですから、運動と食事のバランスは、エネルギー消費のバランスともいえると思います。そういう意味でも、摂取したカロリーを把握することが大切なのです。