2008年度は、第一歩として「食への関心」を取り上げました。食べ比べなどの食体験も交えながら、一番身近な食卓から発想し、「食の未来」のために私たちにできることはないか、様々な角度から考えました。
「食」への関心が高まる昨今。東京大学とキリンホールディングスは、「食環境の未来」に向けた活動の一環として、「『食』を考えるKIRIN・東京大学パートナーシッププログラム」をスタートしました。東京大学教養学部の学生を対象に、さまざまな視点から持続可能な「食」について考えることを目的としたこのプログラムは、去る10月7日、エッセイストの玉村豊男氏をお招きし、キックオフイベントを開催いたしました。
日時: | 2008年10月7日(火) 18:00~ |
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場所: | 東京大学教養学部(駒場キャンパス)18号館ホール |
- ■開演挨拶:東京大学教養学部 学部長 小島憲道教授
- ■取組について:東京大学教養学部 山本泰教授(教養学部附属教養教育開発機構 執行委員会委員長)
- ■基調講演:「食の道、人の道」 玉村豊男氏(エッセイスト・画家・農園主・ワイナリーオーナー)
- ■パネルディスカッション:玉村豊男氏(エッセイスト・画家・農園主・ワイナリーオーナー)鈴木啓二(東京大学教養学部教授)渡邊雄一郎(東京大学教養学部教授)太田恵理子(キリンホールディングス キリン食生活文化研究所所長)
- ■終演挨拶:東京大学教養学部 副学部長 長谷川寿一教授
パネルディスカッション登壇者:
玉村豊男氏(エッセイスト・画家・農園主・ワイナリーオーナー)
鈴木啓二(東京大学教養学部教授)
渡邊雄一郎(東京大学教養学部教授)
太田恵理子(キリンホールディングス(株) キリン食生活文化研究所所長)
キックオフ・シンポジウム「駒場で『食』を考える」では、基調講演に引き続き、玉村豊男氏、キリン食生活文化研究所の太田恵理子所長、東京大学教養学部の鈴木啓二教授、渡邊雄一郎教授の4名の登壇により、パネルディスカッションが催されました。
現代社会に当てはめながら、食に関するさまざまな分野の専門家が「持続可能な食」についての課題や、今後求められる取り組みについて紹介しつつ、参加者が意見を交わすことで、「食」の未来像を一緒に考えました。
会場で行われたディスカッションについて、その一部をご紹介いたします。
「フランス文学者に森有正という方がいます。氏は経験と体験を区別し、体験が表層的なものであるのに対して、経験とは自分の中で血肉化されていくものだというのです。
「経験」において特に重要となるのが、五感を通じた感覚的印象の受容です。
氏は、こうした、感覚や身体に基づく経験の深まりと進展によって、ついには、「その人の行動そのものの枢軸が変化する」とすら述べています。
ノートルダム寺院に注がれる刻々と変化する光(視覚)、教会のオルガンの音色(聴覚)、冬のパリの皮膚を刺す大気(触覚)、などとともに、クリスマスに味わう数々の料理(味覚)や、南仏の町でふいに氏をとらえるパンの焼ける香り(嗅覚)もまた、氏の西欧「経験」の重要な一部であったことは間違いないと思われます。
「食」もまた、各人の「枢軸」を変化させうる、根源的体験の一つなのではないでしょうか。」
「経験を通じた“気づき”が重要だと思います。3年ほどスイスで生活して帰国したとたん、成田空港で「味噌と醤油の香りがする」と思いました。つまりそれは、日本の食文化が味噌と醤油に支えられているという発見だったのです。
意識していると世界各国、国ごとに特徴的な発酵食品の香りがする。スイスに着けばチーズの香りがしますし、ベトナムに降り立てばニョクマムの香りがします。発酵食品は元来、食べ物を保存する目的で発達しましたが、その国の食文化を象徴するものともいえるかもしれません。
また、現代の食卓を考える上で重要なのは食のリテラシー、つまり“食べる力、つくる力、選ぶ力”ですが、その中で“食べる力”が基礎になる。
美味しいものを美味しいと感じられること。この力は食に関する幅広い経験によって培われる。
気づいて関心を持つということが大切ですよね」
「現在の食生活の変化に我々自身適応しきれていないと感じます。
その上で更に選択肢は増えていく。こうした中で何を選択すればよりベストなのか。
安心で楽しい食卓になるのか。この課題の解決方法を端的に言えば『ニコニコできる食を目指す』だと思います。食の安全はもちろん、平和や経済の循環まで、こうした課題解決の方法全てを含んでいると思います」
「食卓を囲んで楽しむ。その時に大切なのは誰と食べるかですよね。好きな人と食べると楽しい時間が生まれる。善意が生まれる。食べ物はコミュニケーションツールとしても有効なものですよ。
毎回いい食事である必要はないんです。また、料理の持つ価値として、情報喚起力というのは非常に重要です。食べたときに、子供の頃のことや誰かのことを思い出したり、ある風景が頭の中で駆け巡ったりという、イメージがよみがえるということはとても楽しいことです。
楽しい食卓の話題というのは、何も料理に関するうんちくを披露したり、ワインの知識をひけらかしたりすることではありません。
同じ料理を食べた食卓を囲む人たちと、その料理から喚起されたイメージや紡ぎ出された話題を共有することができるのが良い食べ手だと思います。そうした楽しい食卓が食べる力に結びつく。
だから、毎日の食事、一皿一皿に意味があるのではないでしょうか」