甘味と苦味の感覚の進化 Gary K. Beauchamp
記念すべき第1回目は、ギャリー・K・ビーチャム所長による「甘味と苦味の感覚の進化」についてです。肥満の危険性について警鐘が鳴らされているにもかかわらず、先進国で肥満が増加し続けるのは、人間が甘いものや油っぽいものの摂取をやめられず、苦いものを避けるからではないかとの仮説に基づき、次のように語ります。
基本的な味覚機能の進化
味覚は、甘味、酸味、塩味、苦味、うま味という基本味に分けられ、これに脂肪の味とカルシウム味が加えられることもあります。これらの基本味は、多くの動物にあるため、それぞれの味を特徴とする化学物質を知覚できるよう、味覚が進化したと推測されます。
味の選択は、一般的に、栄養になる化合物を選択し、毒物などの有害な化合物を避けるという、動物にとって最も基本的な問題を解決するために進化した結果だとされています。
実際、植物と天敵の間には、双方が互いに関連しながら進化する、共進化的な相互作用を促す圧力が強く働いていると考えられます。つまり、植物が食べられないように不快または危険な「苦い」化合物を生産する一方で、植物を食べる側の天敵は、植物のカロリー(甘味・うま味)やミネラル(塩味)を含む部分を探し、未熟で摂食に適さない果実(酸味)を判別しようとします。
植物の天敵の中で、味覚システムが進化する方向性を決定づけた代表的なものは、原始的な生物や昆虫だった可能性が高いと考えられます。モネル研のブレズリン氏らによる検証によると、多くの昆虫の味覚システムは哺乳類とよく似ており、特に、味に関する欲求(甘味、塩味、アミノ酸)と嫌悪(苦味、ときには酸味)は、多くの哺乳類とまったく変わりません。
進化と甘味
モネル研や、他の多くの研究者による研究(以下、モネル研他といいます)によると、ハエからヒトに至るまで、植物を摂取する動物の多くは、果糖、ショ糖、ブドウ糖、乳糖など、甘い味のする糖質を好みます。
それが生まれつきの性質であることは、新生児や、生まれたばかりの生物が初めて甘味料に接したときに肯定的な反応(摂取増、リラックス反応、肯定的表情)を示すことからも明らかです。これについては過去40年にわたり、モネル研が最先端の研究を行っています。
一方、イエネコやライオンなど、トラネコ科の動物は、甘味を好まない動物の代表です。これらの動物は肉食性が強く、いくつかの行動学研究によって、糖質に興味を示さないことが知られています。
私自身も若い頃、モネル研で研究しました。モネル研の最近の研究でも、ネコの甘味受容器は機能しておらず、甘味に反応しないことが明らかになっています。
これらの研究結果は、甘味が糖質を識別するための感覚であるとの見解を裏付けるもので、糖質に興味を示さない動物は進化の過程で甘味受容器を必要としなくなり、その結果として受容器が退化したことを示唆しています。
成長における甘味の機能
大人になると、好みの甘さは人によって異なってきますが、ヒトの新生児や乳幼児の場合、「甘ければ甘いほど好まれる」という法則のあることが、モネル研の研究によって示唆されています。このことは、発育過程の子どもに比べて、成人は、成長のために必要とするカロリーが少ないことが関係しているのかもしれません(モネル研他)。
また、一般的に、味覚、特に甘さの感覚は、視覚や聴覚、嗅覚といった他の感覚とは異なり、老齢に達しても衰えないことがモネル研他の研究によって分かっています。高齢者向けの献立を用意する場合は、この点に特に配慮する必要があります。モネル研は、新生児や乳幼児の「甘いものほど好む」という嗜好が、子どもにとって必要な食べ物の摂取を妨げているのではないかとの仮説を持ち、子どもが苦手とする甘味以外の味の嗜好を習慣づけられるかという研究も続けています。