第4回 塩分のとりすぎと塩味 Gary K. Beauchamp

食品に塩を使う理由

塩分をとるといっても、塩だけを食べる人はめったにいません。ほとんどの人は、料理に混ぜたり、振りかけたりして使います。ここでは調理技術には触れませんが、塩には、単に食品に塩味をつけるだけでなく、感覚に対する働きもあります。例えば、アメリカの食事で最大のナトリウム源はパン類ですが、食べているとき、さほど塩味は感じません。しかし、塩を入れなければ風味がなくなり、味も悪くなります。
モネル研の研究では、ナトリウムには、ある種の苦味を大幅に緩和する効果のあることが分かっています。苦味成分と甘味成分の混合物にナトリウム塩を添加すると、苦味が抑えられ、甘味が残ります。このことは、塩味をつける以外の目的で食塩が使われる理由を考えるヒントになりそうです。

塩分の摂取量を減らす方法(1)減塩食に慣れる

塩分の摂取量を減らす方法は、2つ考えられます。1つめは、減塩食に慣れることです。 モネル研の調査では、最初は物足りなくても、そのうち慣れて、以前の味付けを「塩辛すぎる」と感じ始めることが分かっています。実際、塩分を50%カットした食事を2~3カ月続けた被験者は、より塩分の少ない食事を好むようになりました。逆に、塩分の多い食事を与えられた被験者は、より塩辛い食事を好むようになりました。
この結果から、何らかの理由で住民のすべてが減塩食を余儀なくされても、すぐに順応し、塩分の欠乏感を覚えずにすむと考えてよさそうです。課題は多く残されていますが、イギリスでは、塩分摂取量40~50%カットを目標に、この手法が実際に試されています。この試みがどの程度成功するか、注目したいと思います。将来、他のヨーロッパ諸国やアメリカがこれに続く可能性もあります。

塩分の摂取量を減らす方法(2)塩に代わる物質の開発

2つめの方法は、塩(ナトリウム)を使わずに塩味を感じさせる物質を開発することです。一部のアミノ酸とアミノ酸塩には塩味を強調する効果があるので期待できます。塩味を増強する効果を調べるために、モネル研では、ヒト型の塩味受容体モデルを使用し、塩味増強分子の発見に努めています。この分子が見つかったとしても、実用に向けては、安全性や、食塩の持つ他の機能(苦味の抑制など)の代替性、コスト、新たな食品添加物への市場の反応など、多くの問題に直面するでしょう。こうした課題はありますが、塩味増強剤の開発は価値があり、有望な試みといえます。

塩分の過剰摂取が引き起こす病気の可能性

塩分の過剰摂取が高血圧につながることはよく知られています。しかし、他の病気を引き起こす可能性もあることは、十分に理解されているとはいえません。その認識の差はありますが、私たちは、人が塩味を受容するメカニズムや、食事をするときに塩味を好む要因は何なのかについて、さらに追究していかなければならないと考えています。

文:Gary K. Beauchamp/ 訳:キリン食生活文化研究所

<出典>

Bertino, M., Beauchamp, G. K. and Engelman, K. 1983. Long-term reduction in dietary sodium alters the taste of salt. Am. J. Clin. Nutr. 36, 1134-1144.
Bertino, M., Beauchamp, G. K. and Engelman, K. 1986. Increasing dietary salt alters salt taste. Physiol. Behav. 38, 203-213.
Stein, L.J., Cowart, B.J. & Beauchamp, G.K. (2012). The development of salty taste acceptance is related to dietary experience in human infants: a prospective study. American Journal of Clinical Nutrition 95(1):123-129

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Q&A

Q.1 食事の塩分を減らせば、脂肪や砂糖の摂取量も減るでしょうか?
A.1
いいえ。脂肪や砂糖の好みは、食塩とはまったく関係がありません。ですから、減塩と、脂肪や砂糖の減量は別の問題だと思います。
Q.2 食事による摂取カロリーをコントロールするには、炭水化物を減らす方法と、塩分を減らす方法のどちらが簡単でしょうか?
A.2
いい質問です。どちらが簡単かは分かりませんが、塩分の摂取量は、カロリーの摂取量と密接に関係するので、カロリーを減らすために食塩を減らすのは良い方法だと思います。肥満がこれだけ増えているのは、カロリーを減らすのが非常に難しいからでしょう。
Q.3 赤ちゃんに与える栄養素と味の刺激で、最も理想的なものは何でしょうか?
A.3
もちろん母乳です。母乳には乳糖という形で炭水化物が含まれており、低濃度のナトリウムイオンも含まれています。また、母乳は甘くてうま味があり、遊離グルタミン酸のレベルも高くなっています。
我々の研究から、未熟児は食塩を極端に好むことが分かっています。また、低体重児ほど成人になったときに高血圧症になることも分かっています。しかし、出生初期の経験が、その後の食塩摂取と発育にどのように影響するかは明らかになっていません。赤ちゃんには一定量の炭水化物と食塩が必要ですが、当然、過剰な摂取はよくありません。アミノ酸も他の栄養素と同様、とりすぎはよくありませんが、明らかに必要なものです。
Q.4 食事の減塩が進めば、ビールの苦味も弱い方が食事に合いますか?
A.4
塩味と苦味の相互作用は面白く、興味深い研究分野です。苦味物質の大半は塩で抑制されますが、ビールに使われるホップから来る苦味の主成分イソフムロンは、塩味で強調されます。また、塩味のものを食べたあとにビールを飲むと、苦く感じられることも分かっています。人々が塩辛い食べ物とビールとの組み合わせを好むなら、減塩食には、苦味の弱いビールを組み合わせる方がバランスがいいでしょう。 イソフムロンについて補足すると、本文でも触れたとおり、苦味成分と甘味成分の混合物にナトリウム塩を添加すると苦味が抑えられ、結果として甘味が残ることがモネル研の研究で分かっています。イソフムロンは、この原理とは異なる反応を示したので、ビール中の甘味成分を塩味が抑えて、ビールの苦味を際立たせているのかもしれません。