特定の食品を無性に食べたくなる「食物渇望」 Marcia L. Pelchat

食物渇望は、恒常性(ホメオスタシス)なのか

恒常性(ホメオスタシス)とは、生体の内部や外部の環境が変化しても、その生体の状態が一定に保たれるという生物の性質や状態をいいます。このことから、食物渇望を栄養上の必要性と関連づける考え方もあり、人為的に食物渇望を起こす方法も研究されています。私たちの研究では、栄養は十分でも単調な食事が続くと食物渇望を起こしやすくなることが分かっています。
研究用の単調な食事として、以前は市販の栄養補助飲料を使っていましたが、近年は、必要な栄養とカロリーをまかなう常温で安定した新たな食品が作られています。こうした単調な食事をさせられた被験者は、禁止された食べ物のことを空想し始めその食べ物への渇望を容易に起こします。

食物渇望が起きるメカニズム

食物渇望には、学習の要素も関与しています。つまり、食べ物を見たり、においを嗅いだりしたときの感覚的な刺激がきっかけになって渇望が起こります。学習のメカニズムはあまり研究されていませんが、食物渇望をコントロールする方法の確立や、薬物依存症との違いを理解する上で、非常に重要といえます。私たちは被験者に新奇性の強い食べ物を日常的に与えることで、その食べ物に対する渇望を誘導できることを、近年の研究で立証しています。
神経科学分野での研究も重要です。食物渇望と薬物依存症には、体内麻薬、脳内セロトニン、脳内ドーパミンが共通してかかわっています。こうしたメカニズムの多くが、この分野での研究成果によって明らかになっています。

薬物依存症との類似性

ほかにも食物渇望と薬物依存症には明らかな類似性が多く存在します。また、肥満している人すべてが食物渇望を起こしているわけではないものの、中には食べ物への依存が肥満の原因と思われる例もみられます。
食べ物や薬物のほか、買い物や音楽、スポーツ、ゲームなどの活動も基本的な薬理学的、神経科学的メカニズムを共有しており、「依存する状態」の対象になる可能性を秘めています。

食物渇望になるのを防ぐには

食物渇望や肥満が増えたのは、おいしい食べ物が身近にあふれているからだとの見方もあります。しかし、私たちが行った単調な食事に関する研究では、特においしくもない栄養補助飲料を渇望するよう被験者を習慣づけることに成功しています。つまり、食物渇望を起こすには、必ずしも食品が美味である必要はないのです。
どんな人でも単調な食事が続いたり、特定の食べ物を制限され続けたりするといった食環境の条件によって、食物渇望が起きやすくなる危険性がありそうです。食べたいものも時々取り入れながら、ストレスのかからないようバランスよく食べるようにすれば、食物渇望を避けることができるのかもしれません。

文:Marcia L. Pelchat/ 訳:キリン食生活文化研究所

<出典>

Pelchat, M.L. (2009) Food addiction in humans. Journal of Nutrition, 139, 620-622.
Corsica, J.A. & Pelchat, M.L. (2010). Food addiction: true or false? Current Opinion in Gastroenterology, 26, 165-169.

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Q&A

Q.1 食物渇望にみられる男女差は、成長ホルモンや性ホルモンも影響しているのでしょうか。
A.1
モネル研の調査では、女性はデザートやチョコレート、男性はピザ、ハンバーガー、ステーキを渇望するという結果が出ています。女性の場合は生理周期と関係し、老齢になると食物渇望が少なくなることが報告されています。しかし、ホルモンの影響については不明で、まだ研究がなされていません。
Q.2 日本での寿司に対する食物渇望は、何が要因だと考えられますか?
A.2
これは、まだ調査されていないと思います。私の推論では、チョコレートに対する渇望と同じ原理ではないでしょうか。「ずっと食べていない」という欠乏感には自分で気付かないまま、寿司に関する感覚的な因子、例えば、鮮度の良い生魚独特のおいしさ、寿司でしか味わえない味やにおいなどが渇望感の引き金になっていると思います。
Q.3 食物渇望をコントロールするためのアドバイスをお願いします。
A.3
食物渇望をコントロールする方法は2つあります。1つめは食べすぎを防ぐために、渇望の対象となる食品を1食分ずつ小分けにすることです。食物渇望になると、一度に食べる量を管理できなかったり、食べ過ぎたりする傾向があるので、1回に食べられる量がパッケージして販売されていると過食防止になります。食品メーカーにとっても、少量で販売価格を設定できるメリットがあります。
2つめはその食品を見える場所に置かず、気をそらすことです。その食べ物のことばかり考えなくてもいいように、他に夢中になれるものを見つけて、集中するといいでしょう。
Q.4 香りや炭酸など、脂肪以外に食物渇望を引き起こす因子はありますか?
A.4
食物渇望の引き金になりやすいのは香りですが、必須ではありません。必須となる因子は、「食べる機会が制限されている状況」のみと考えられます。文化的な違いをみても、生物として生存するために体に栄養を摂取する食行動とは分けて考える方がいいでしょう。
Q.5 食物渇望は、ストレスや痛みの軽減、精神的なものとも関係するのでしょうか。
A.5
感情的な食行動(ストレス食い)は、一定の尺度で測ることができます。感情的な食行動と食物渇望の相関関係は高いですが、ストレスを軽減するかどうかは、はっきりしていません。渇望していながら、その食品を食べるのを恥ずかしいと感じる人もいます。うつ病によって炭水化物の渇望が起こる人もいますが、炭水化物がうつ病を軽減する効果は非常に弱いという報告もあります。
Q.6 本文では恒常性(ホメオスタシス)に触れていますが、食物渇望は、栄養素の欠乏にも関係があるのですか?
A.6
はい、私はそのように考えています。鉄イオンが不足すると食物渇望が起きるといわれています。しかし、単に不足している栄養素を欲しているのでもなさそうです。例えば、妊娠中の女性は紙や氷を食べたくなることが知られています。不足している栄養素と食物渇望との関係を示す根拠はほとんど見つかっていません。
Q.7 食物渇望になるのは、健康な人でしょうか?
A.7
食物渇望は異常なことではなく、誰にでも起きます。1食ごとに食べる量をコントロールすることが重要で、食べるのをやめられなくなると、過食症や肥満になりやすくなります。
Q.8 過食や肥満を避ける方法はありますか?
A.8
食物渇望による過食と肥満に注意して、学習し、習慣づけることが有効だと思います。行動学者たちは、「食物渇望を連想するものに触れても食べない」という制限を加えて訓練することが有効だとしています。また、健康によい食品を長期間食べないようにコントロールすれば、次第にその健康食品を渇望するようになると思います。食べるのをやめるのが難しい砂糖や脂肪が含まれていない食品でも食物渇望は起きるので、過食や肥満を避ける方法としておすすめかもしれません。