カルシウム味は味覚のひとつ? Michael G.Tordoff

今回は、味覚の基本味についての話題です。皆さんは、「カルシウム味」という味覚を聞いたことがありますか? 4つの基本味に、5番目として「うま味」が加わったように、「カルシウム味」も基本味に加えることができないか、モネル化学感覚研究所(モネル研)の心理学者、マイケル・トルドフ教授が新たな視点を提供します。

なぜ、基本味は4つ(または5つ)なのか?

基本味といえば、ほとんどの人は「甘味」「酸味」「塩味」「苦味」の4つを挙げるでしょう。化学感覚の科学に詳しい人なら、5つめに「うま味」を加えるかもしれません。でも、これですべてだといえるのでしょうか。
4つの基本味という概念は、少なくとも古代ギリシャ時代にまでさかのぼることができますが、それ以外の基本味が現代まで発見されなかった理由には、次の3つがあります。
第一に、味覚分野の研究が自己達成的で、科学者の間でも基本味は4つだというのが定説になっていたこと。そのため、この定説から外れた研究を行うのは困難で、新しい味の発見も難しくなっていました。第二の理由は、パンドラの箱を開けることに対するためらいです。4基本味(あるいは5基本味)ですべてが説明できるなら、さらに基本味を増やす必要はないという考え方に、ごく最近までとらわれていたのです。そして、第三の理由は、これまでは他の要素を検出できるようなツールがなかったことです。近年、分子や遺伝子レベルで解析できるツールが登場したことで、味覚研究の分野は革命的に飛躍しました。細胞内や細胞間で発生する現象を調べられるようになり、ようやく味覚受容体の実体や性質が解明されたのです。

味覚受容体の発見により、新たな時代へ

モネル研は、この分野においても最先端の研究を行っており、甘味受容体を初めて発見しました。そして、複数の苦味受容体の発見にも道を開きました。味覚研究は長い暗黒時代を抜けて新たな光を見いだし、いわばルネサンス(再生)期を迎えたといえます。新たな発見が新たな概念を生み出し、これまでになく壮大な絵を描けるようになったのです。私はカルシウムの味覚受容体の発見を通じて、この絵に貢献してきたと自負しています。

動物は、カルシウムをどうやって認識しているのか

もともと、ラットや鳥類がもつ「カルシウムに対する食欲」は、1930年代から知られていました。カルシウムが不足すると、これらの動物はカルシウムを探し求め、摂取しようとします。そして、必要なカルシウムが増えれば増えるほどカルシウムを好むようになり、機会を見つけてはより多くの量を摂取しようとします。
では、これらの動物は、どうやってカルシウムを認識しているのでしょうか。以前は、カルシウム不足の解消に役立つ「特定の味」を学習していると考えられていました。しかし、1996年に私が行った研究では、カルシウム不足のラットに生後初めてカルシウム水溶液を与えたとき、数秒のうちに認識したのです。そして、カルシウムの足りているラットよりも、カルシウム水溶液を飲むスピードが速く、長い時間カルシウムを摂取することが分かりました。
さらに、カルシウム不足のラットはカルシウムを飲んでいる間、明らかに肯定反応を示しました。こうした即座の反応は、学習によるものではあり得ないでしょう。この一連の実験によってカルシウムへの食欲は先天的なものであることが分かり、カルシウムは口内で知覚されていることが証明されました。