カルシウム味は味覚のひとつ? Michael G.Tordoff

マウスを使って、カルシウムに対する味覚受容体を研究

この結果は、カルシウムに対する味覚受容体の存在を示唆するものでしたが、一方で、カルシウム味が苦味と酸味、塩味(カルシウムが甘いと主張する人はいないですよね)が複雑に組み合わさったものである可能性も捨てきれませんでした。そこで私は、マウスを使い、カルシウムの感知に関係する味覚受容体の研究に着手しました。
味覚受容体の発見には遺伝的アプローチが必要です。私は、遺伝形質の異なるマウス40系統を対象にカルシウムに対する嗜好を調査しました。その結果、唯一、高濃度カルシウム水溶液に強い嗜好を示したのがPWK系統のマウスです。そこで、この系統のマウスを使い、古典的な系統育種法と最先端の遺伝子特定技術を組み合わせて研究を行いました。そして、カルシウムに対する食欲に関係する遺伝子の染色体上の位置をほぼ特定することができたのです。

マウスの舌には、カルシウム受容体に関係する遺伝子があった!

これを手掛かりとして、私は同僚とともに、カルシウム味に影響を与える2つの遺伝子、Tas1r3とCaSRがマウスにあることを発見しました。2008年のことです。Tas1r3は、以前から甘味と旨味の受容体に関係があるとされていた遺伝子です。CaSRは、副甲状腺、腎臓、脳のカルシウム受容体に関係があるとされていた遺伝子ですが、舌の味蕾(みらい)にも関係していることが、このとき初めて特定されました。

カルシウム味は、第6の基本味になり得るか

「カルシウム味」が存在するとしたら、第6の基本味となるでしょうか。それは、基本味をどう定義するかによって異なります。分子生物学の視点では、基本味の必要十分条件に「受容体の存在」を挙げることができますが、そこには問題も残ります。例えば、現在知られている苦味受容体は少なくとも 25種類あり、それぞれ少しずつ構造や反応する苦味物質が異なっています。それらの一つひとつを基本味として考えると、「苦味」ではなく、「尿素味」「キニーネ味」「デナトニウム味」など、受容体の構造ごとに味覚を分類することになります。こうした味覚を採用すべきかというと、答えは、おそらく否でしょう。それらの受容体は、舌を起点とする同じ神経につながっているからです。

尿素も、キニーネも、デナトニウムも、同じ神経経路を活性化します。おそらく、我々が苦いと感じるすべての化合物に対して活性化する「神経回路の中核」が存在するのでしょう。その中核は、大脳皮質のどこかにある固有の神経機構だと考えられます。それを特定できれば、基本味の最終的な数が決まることになるでしょう。
これをヒトで突き止めるために、fMRI(脳機能核磁気共鳴撮像)を使って、味の違いを知覚する脳部位を特定しようとする試みが始まっています。我々が基本味に関する脳部位について十分に理解するまで、「基本味」の定義は、解剖学と哲学の狭間に留め置かざるを得ないでしょう。

文:Michael G.Tordoff/ 訳:キリン食生活文化研究所

<出典>

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