おいしいと感じる食品をよく噛んで味わうと、
インスリンが分泌される Karen Teff

味覚は、食べものの好みを左右するだけでなく、私たちの健康にも、重要な役割を果たすようです。モネル化学感覚研究所のカレン・テフ教授に、興味深い研究結果を紹介していただきました。

栄養の吸収とインスリン分泌

食品の味が、食べものの選択や好みに重要な役割を果たすことはよく知られていますが、口に入れたときに感じる味や風味の刺激が栄養の代謝を促すホルモン調整に関係することは、あまり知られていません。
どういうことかというと、ものを食べると、食物は消化酵素によって口や胃の中で分解されます。そして、栄養として腸から吸収され、血液の中に入ります。これが刺激となって、すい臓と腸から、栄養の貯蔵を促進するホルモンが分泌されるのです。米などの炭水化物が消化されて分泌されるのが典型的な例です。
この場合、炭水化物は口や胃の中で消化酵素により分解され、ブドウ糖となって血液中に吸収されます。すると、血液中のブドウ糖濃度(血糖値)が上がります。それが刺激となり、筋肉や肝臓、脂肪組織へのブドウ糖の吸収・貯蔵を促進するために、すい臓から必須ホルモンであるインスリンが分泌されます。それにより血糖値が下がるわけです。

インスリンは、栄養吸収が始まる前にも分泌される

ところが、栄養を吸収する前にもホルモン分泌が起きることが、動物およびヒトでの実験で判明しています。食べものを飲み込む前や、飲み込んだ直後など、味を感じた時点でインスリンを含むホルモンの分泌が始まるのです。このように、栄養吸収が始まる前にインスリンが分泌されることを専門的な用語で「セファリックフェイズインスリン分泌(CPIR:cephalic phase insulin release)」と呼びます。インスリンが分泌されると、血液中のインスリン濃度は血糖値とは無関係に上昇します。そして、通常食べものを口にしてから4分以内にピークを迎え、8~10分で元の値に戻ります。

インスリン分泌のメカニズム

インスリンが分泌されるメカニズムは次のとおりです。食べものの味や食感によって口内の受容体が活動すると、脳にメッセージを送る神経伝達が始動して、栄養代謝に関係する胃、腸、すい臓、肝臓などのすべての器官と脳を接続する迷走神経を活性化させます。迷走神経の活性化が、食物の栄養成分がどのように消化、吸収、代謝されるかに大きく影響するわけです。このうち血糖値の調節に関係するホルモンを刺激するのが、すい臓に達する迷走神経です。