おいしいと感じる食品をよく噛んで味わうと、インスリンが分泌される Karen Teff
固形の食べものをよく噛むと、インスリンの分泌が増える
栄養吸収が始まる前に分泌されるインスリン(CPIR)をヒトで測定するとき、被験者には食物を飲み込まず、味わったり咀嚼したりするだけで吐き出してもらいます。食物を味わうことによってのみ誘導されるホルモン分泌と、食物を摂取した後の刺激(血液中のブドウ糖などの上昇)によって誘導されるホルモン分泌を識別するためです。
実験を積み重ねた結果、インスリン分泌に必要な条件や、動物とヒトとの違いの一部が明らかになってきました。例えば、甘味溶液を用いた動物実験では確実にインスリンが分泌されますが、ヒトの場合は、栄養素であるショ糖水溶液も、人工甘味料であるアスパルテームやサッカリン水溶液も、インスリンを多く分泌しませんでした。その一方で、ヒトは複数の栄養素(特に脂肪)を含む固形の食べものをよく噛むと、栄養として吸収される前のインスリン分泌が多くなることが分かりました。このことから、栄養吸収が始まる前にインスリンが分泌されるCPIRの量には、砂糖のような単一の甘味刺激ではなく、よく噛んで味わうことで得られる風味による刺激が関係するといえます。
おいしいと感じるか? 食べものの好みも影響
栄養吸収が始まる前にインスリンが分泌されるCPIR量には、食べものの好みが影響する可能性もあります。脂肪を含む食品を含め、被験者が「甘い」と感じる食べものは、「塩からい」と感じる食べものよりも、インスリンを多く分泌するからです。また、被験者が「まずい」と感じる食べものは、「おいしい」と感じる食べものよりもインスリン分泌が少なく、まったく分泌されない場合もありました。
インスリン分泌の促進は、血糖値の調節に役立つ
モネル化学感覚研究所の研究では、味や食感といった口腔内の感覚刺激を感じさせないようにすると、味のある食品をよく噛んで味わいながら食べた場合よりもインスリンが分泌せず、血糖値が高くなるので、血糖値を調節しにくくなることが明らかになっています。その一方、肥満した人にインスリンの分泌を促進させると、栄養を吸収した後の血糖値が低くなり、血糖値の調節能力が改善されます。
こうしたモネル研の研究例から、血糖値を正常に調節するためには、食べものをよく味わうことで味覚を感じ、栄養が吸収され始める前のインスリン分泌量を増加させることが必要であることが分かります。すなわち、食品を味わって食べるとき、味覚情報が健康と代謝にきわめて重要な役割を果たしているといえるのです。
文:Karen Teff/ 訳:キリン食生活文化研究所
<出典>
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