遺伝的な影響で異なる、飲食物の選び方 Danielle R. Reed
食べたいもの、飲みたいものを選ぶとき、私たちは、何を基準に手に取っているのでしょうか。実は、人によって異なる味覚や嗅覚に関する遺伝子の型も、その要素の一つになっているようです。興味深い研究を、モネル化学感覚研究所のダニエル・リード教授がご紹介します。
味の果たす役割
飲食物の味は、栄養を摂取するうえで非常に重要です。例えば、甘味は手っ取り早くカロリーを摂取できる糖の存在を知らせてくれますし、苦味は食べものに含まれる毒の存在を警告してくれます。熟していない果物の酸性を注意喚起するのが酸味であり、有用なミネラルが含まれることを教えてくれるのが塩味です。このように考えると、味が飲食物の摂取量に対して重要な役割を果たしていることは驚くにあたらないでしょう。とはいえ、人間は味の好みだけで飲食物を選んでいるわけではありません。価格、社会的な影響、入手のしやすさなど、ほかにもいろいろな選択理由があるからです(*1 *2 *3)。
味の好みは人それぞれ
何をもって「おいしい」とするかは繊細な問題ですが、少なくとも、強すぎる味刺激(極端に濃い苦味や酸味、辛み、甘味、塩味など)や脂肪過多は、飲食物の味を台なしにしがちです。しかし人間は、時には極端な味の食べものを欲したり、好んで口にしたりすることがあります。例えば、ピリピリとした刺激のあるサリチル酸メチル入りのキャンディーをなめたり、のどが焼けるような感覚のする炭酸飲料をわざわざ飲んだりします。苦味の強いお茶が好きな人もいるでしょう。ピリピリ感やヒリヒリ感や苦味が、時に多くの人に好まれるという現象は、もっと研究上の注目を集めてよいと思われます。 甘味や脂肪も、濃さによって好き嫌いが分かれます。ある人にとっては普通の甘さでも、他の人には耐え難い甘さに感じられることもあります。また、油やバターを単品で口にする人はほとんどいない反面、どれくらいの量の油を「ちょうどいい」または「多すぎる」と感じるかは、人によって異なります(*4)。
同じサンドイッチを食べても、遺伝子の型によって風味の感じ方が異なる
下の図のように、食べものと風味に対して肯定的(+)、否定的(-)な影響を与える遺伝子と対立遺伝子を解明する研究は、今日、一定の成果を挙げつつあります。 ここでは、アメリカの一般的な昼食であるハムチーズサンドイッチを例に挙げています。それぞれの味に対して感受性の高い対立遺伝子をもつ人は、オニオンのマイルドな甘味 (TAS1R3)(*5)や、トマトのうま味 (TAS1R3)(*6,*7,*8)、クレソンの苦味(TAS2R38)(*9)、チーズのにおい (OR11H7P)(*10)、ハムの雄ブタ臭 (OR7D4)(*11)を、他の人とは異なる風味に感じているかもしれません。私たちは、対立遺伝子の組み合わせの違いが、ハムチーズサンドイッチに対する好き嫌いの差を生み出しているのではないかと推測しています。好ましい成分(および不快ではない成分)を味として感じられる人々は、それらの味覚に基づいて、ハムチーズサンドイッチをより魅力的なものとして体験しているのではないでしょうか。
この図は、味覚と嗅覚の感じ方に関する受容体の遺伝子型が、一般的な食品にどのように影響する可能性があるかを示した例です。ハムチーズサンドイッチには、パン、オニオン、トマト、クレソン、チーズ、ハムが含まれるとします。オニオンに含まれる低濃度の糖は、TAS1R2とTAS1R3で知覚される舌上の甘味受容体によって「甘い」と検知されます。トマト中のグルタミン酸は、TAS1R1とTAS1R3の ヘテロ二量体であるうま味受容体によってうま味として感じられます。クレソンの苦味はイソチオシアナート(または、その構造的関連化合物)によるもので、単独または複数の苦味受容体 (TAS2R38など)によって苦いと感じられます。チーズの成分の1つであるイソ吉草酸は、人によっては「汗臭い」と表現されることもある特徴的なにおい成分です。イソ吉草酸は、少なくとも1つの嗅覚受容体(OR11H7P)を刺激してにおいを感じさせます。ハムには、豚肉に雄ブタ臭を与えるアンドロステノンが含まれる場合があります。人によっては不快臭と感じることがあり、アンドロステノンに関係する受容体はOR7D4です。上の例では、2つのプラスの対立遺伝子(+/+)(優性遺伝子)をもつ人は、2つのマイナスの対立遺伝子(-/-)(劣性遺伝子)をもつ人よりも、アンドロステノンを敏感に感じます。例えば、図中のAさんは、オニオンの好ましい甘味とトマトのうま味は感じますが、クレソンの苦味、チーズやハムの不快臭は感じません。一方のBさんは、同じサンドイッチを食べても不快臭しか感じないことが予想されます。そのため、AさんはBさんよりもハムチーズサンドイッチを好むことになるといえます。