遺伝的な影響で異なる、飲食物の選び方 Danielle R. Reed

飲食物の選択に及ぼす影響

遺伝子型の違いによる感じ方の違いは、飲食物を選ぶ際、さほど大きな影響を及ぼすわけではありません。普段私たちが考えるような、昨日肉を食べたから今日は魚を食べたいという程度の、ほんの小さな理由のひとつに過ぎないのです。人間は通常、自分の好きなものを食べたり飲んだりします。しかし、「視力がとても良いから絵画を好む」「よく音を聞き取れるから、この音楽が好きだ」とは言い切れないのと同じように、好きな飲食物を選ぶ理由も、「味や風味を感じるから」といった単純なものではありません。舌で味をどう感じたか、鼻でどのようなにおいを感じたかだけで食品を選んでいるわけではないのです。

遺伝子型の研究は必要不可欠

遺伝子型の違いは、味やにおい、それらの濃さをどのように感じられるかを決めますが、絵画や音楽などの芸術的感覚と同様、飲食物の好みを最終的に決定づけるのは、私たちの体験や学習、文化だといえます。といっても、感じないものは好きになりようがありませんから、感じること(知覚)は好き嫌いや嗜好の第一歩であり、間違いなく研究する価値があると思います。
ヒトの健康を考えるうえで、この点に着目することは特に重要です。なぜなら、苦味のある成分は代謝や行動に影響を与えやすく、その多くはカフェインやアルコールなどの薬理成分だからです。野菜をはじめ、たくさん食べるほうがよいと推奨される植物由来食品の多くにも苦味が含まれています。植物は、自分の身を天敵である昆虫から守るために、苦味や辛みのある成分を植物の葉や茎に蓄積しているからです。人間は、そうした植物を調理して苦味や辛味成分を楽しんでいます。また、液体で服用する必要のある新薬は、強い苦味をのどで感じる可能性が高いことも報告されています(*12)。
こうしたことから、私たちは、人間が特定の飲食物を他のものより強く好む理由や、健康のために摂取しなければならないと頭では分かっていても避けてしまう理由を理解するために、それらの成分を感じる能力を決定づける遺伝的背景、つまり遺伝子型の考察が必要不可欠だと考えています。

アルコールの味とにおい

エタノール(口語表現ではアルコールと表現)は味覚と嗅覚に関して十分な研究がなされていないと思われるものの一つです。アルコールは食品の一種ですが、一般的に消費されている薬理成分であり、米国に住む人の半数以上が習慣的に飲酒しています(*13)。「酔う」という薬理効果はよく知られていますが、その陰で、魅力や嫌悪を引き起こすアルコールの味やにおいは見過ごされやすい傾向にあります(*14)。

甘味とアルコールの関係

アルコールの味やにおいは、かなり複雑な性質をもっています。多くはマウスやラットを使った研究から得られた間接的な証拠によるものですが、アルコールは甘味受容体を刺激することが示唆されています(*15)。これは甘味とアルコールの結びつきに関する仮説の一つに過ぎませんが、甘い果実が熟して発酵するときにできるアルコールと、発酵液中の残糖(発酵しないで残っている糖)との関係が、それらの生成比率を認識する能力として動物に発達させたとも考えられます(*16)。また、人間の遺伝子型の研究により、アルコールは、甘味受容体の他に少なくとも1種類の苦味受容体を刺激することが示唆されています(*17)。さらに、少なくともネズミなどの齧歯類動物においては、一般的な化学感覚(嗅覚や味覚)の受容体も刺激されている可能性があります(*18)。

アルコールに関する未解明の分野

アルコールにはにおいもありますが、アルコールのにおいに関する特定の受容体はまだ分かっていません。他の一般的な分子の例で考えると、異なる多数の受容体が刺激され、濃度に応じて受容体の活性化パターンが変化すると思われます(*19)。
アルコール依存症は健康に悪影響を及ぼすため、アルコール摂取量の個人差については熱心に研究が行われていますが、私たちの知る限りでは、アルコールの感じ方とヒトの遺伝子の関係を調べた研究は皆無です。個人間に大きな差異が存在し、その一つは遺伝子型によるものであると予測するだけの材料はありますが、科学的解明とはほど遠いのが現状です。

文:Danielle R. Reed / 訳:キリン食生活文化研究所

<出典>

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(*2) Salvy, S. J., Vartanian, L. R., Coelho, J. S., Jarrin, D. & Pliner, P. P. (2008). The role of familiarity on modeling of eating and food consumption in children. Appetite 50, 514-8.
(*3) Wansink, B., Painter, J. E. & Lee, Y. K. (2006). The office candy dish: proximity's influence on estimated and actual consumption. Int J Obes (Lond) 30, 871-5.
(*4) Reed, D. R. (2009). Heritable variation in fat preference. In Fat detection: taste, texture, and post-investive effects (Montmayeur, J. P. & de Coutre, J., eds.). Taylor & Francis.
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