においの秘密を探れ Graeme Lowe

近年のモネル研の研究

私たちの研究所では、おいしい食べものや芳しい花の香りなど、なじみのあるにおいをコーディングする受容体と糸球体についての基礎研究を行っています。鼻の中のどの受容体がどの異なる化学的性質をにおいとして検知しているのか。複数のにおいが複雑に混ざり合っているとき、糸球体のパターンはどのように変化するのか(*8)。口から直接鼻へ届くにおいは、食べ物のフレーバーとして、鼻から吸い込んだにおいとは違った形で符号化されるのか(*9)。私たちは現在、脳がどのように糸球体のパターンを分析・選別してにおいを知覚・認識しているのか、その仕組みを調べています。

シグナルを伝達するモジュレーターの存在

例えば、これまでの研究により、同じ糸球体から信号を受けるニューロンは正確なタイミングで信号を送り出すことを発見しました。これは、においの符号化に重要な性質だと思われます(*10)。最近では、細胞内でシグナルを伝達するモジュレーター(細胞内調節物質)である一酸化窒素(NO)(*11、*12)とコレシストキニン(CCK)(*13)が、においのシグナルを上位の脳中枢へ送る嗅球ニューロンに影響を与えており、これらのモジュレーターによって特定のにおいに対する糸球体の感受性が高まるケースがあることが分かりました。こうした仕組みには、周囲にある重要なにおいに対する集中力を高めたり、においに関する記憶力を向上させたりする働きがあるものと考えられます。

さまざまな分野への応用に期待

私たちが嗅覚に関する神経メカニズムを研究する理由は、純粋な学術的好奇心だけではありません。次のような、さまざまな分野に応用できる可能性も原動力になっています。医療分野では、嗅覚の研究により、てんかんやパーキンソン病、アルツハイマー症といった神経疾患の理解が進むことが期待されます。また、電子嗅覚、あるいは「e-nose」の開発の進展にも貢献できるかもしれません。そうした電子分野では、生物の嗅覚系がにおいを感知し、識別する仕組みに着想を得た新技術が生まれる可能性があります。複雑な混合物や香料のにおいのコードが解読されれば、食品業界や飲料業界での新製品開発も進むでしょう。人類の知識の限界を広げていくことで、想像もつかないような新たな洞察や知見が生まれ、すばらしい研究成果がもたらされるかもしれないのです。

文:Graeme Lowe / 訳:キリン食生活文化研究所

<出典>
(*1) Bakalyar,H.A. & Reed,R.R. Identification of a specialized adenylyl cyclase that may mediate odorant detection. Science 250, 1403-1406 (1990).
(*2) Nakamura,T. & Gold,G.H. A cyclic nucleotide-gated conductance in olfactory receptor cilia. Nature 325, 442-444 (1987).
(*3) Buck,L. & Axel,R. A novel multigene family may encode odorant receptors: a molecular basis for odor recognition. Cell 65, 175-187 (1991).
(*4) Cajal,S.R.y. Origen y terminación de las fibras nerviosas olfatorias. Gaceta Sanitaria de Barcelona 3, 133-139, 174-181, 206-212 (1890).
(*5) Le Gros Clark,W.E. The projection of the olfactory epithelium on the olfactory bulb in the rabbit. Journal of Neurology, Neurosurgery and Psychiatry 14, 1-10 (1951).
(*6) Mombaerts,P. et al. Visualizing an olfactory sensory map. Cell 87, 675-686 (1996).
(*7) Mori,K. Takahashi,Y.K. Igarashi,K.M. & Yamaguchi,M. Maps of odorant molecular features in the mammalian olfactory bulb. Physiological Reviews 86, 409-433 (2006).
(*8) Cruz,G. & Lowe,G. Neural coding of binary mixtures in a structurally related odorant pair. Scientific Reports 3: 1220 (2013).
(*9) Furudono,Y. Cruz,G. & Lowe,G. Glomerular input patterns in the mouse olfactory bulb evoked by retronasal odor stimuli. BMC Neuroscience 14: 45 (2013).
(*10) Ma,J. & Lowe,G. Correlated firing in tufted cells of mouse olfactory bulb. Neuroscience 169, 1715-1738 (2010).
(*11) Lowe,G., Buerk,D.G., Ma,J. & Gelperin,A. Tonic and stimulus-evoked nitric oxide production in the mouse olfactory bulb. Neuroscience 153, 842-850 (2008).
(*12) McQuade, L.E., Ma, J., Lowe, G., Ghatpande, A., Gelperin, A. & Lippard, S.J. Visualization of nitric oxide production in the mouse main olfactory bulb by a cell-trappable copper(II) fluorescent probe. Proc Natl Acad Sci U. S. A 107, 8525-8530 (2010).
(*13) Ma,J., Dankulich-Nagrudny,L. & Lowe,G. Cholecystokinin: an excitatory modulator of mitral cells in the mouse olfactory bulb. PloS ONE 8 (5): e64170 (2013).

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