未来のヒント

食を通して「もの」と「人」との関係を探る~HORO Kitchen 遠山夏未さんの取材をとおして~

今回はケータリングでスープをつくる遠山夏未さんを取材しました。彼女は料理人というよりは衣食住をすべて扱うデザイナーです。

スープをつくるようになったきっかけ

きっかけは、大学(空間デザイン学科)の4年生の時に舞台衣装の制作の手伝いで友人と行った、ロシア、ルーマニア、リトアニアへの旅が始まりだそうです。お金もあまり持たない学生、しかしそれぞれの地で出会う温かいスープが心も体も満たしてくれたといいます。一皿のスープとパン、その時味わった感動を多くの人に伝えたいと、卒業制作で旅の記憶をスープを通して再現しようとしたことが、今も続いているそうです。卒業後はファッションデザイナーとして勤務、しばらくして今の活動を始めました。はじめは知り合いのブティックを借りてスープのイベントを行っていました。彼女のつくる丁寧なスープ、そして人々を魅了するその演出が人から人に伝わり、今では様々なイベントに声がかかるようになりました。料理だけでなく器やテーブルのしつらえ、メニューカードなど、衣食住の境界をまたいで生活をデザインしていきたいという彼女の取り組みは、訪れる人に多くの感動を作り出します。

アーティスト立花文穂氏のイベントに合わせてつくったスープ。立花氏の作品の石膏と、"固まる"という共通点のあるホワイトチョコを素材としてチョイス。石膏が固まる前をホワイトチョコとリンゴのスープ、固まった後をクランキーチョコとクラッカーで表現するという見事な演出。
IMA CONCEPT STOREにて2015年2月14日

「幸せ」を運ぶ「HORO Kitchen」

衣服の仕事では「一枚の布からつくる」という企画に関わっているそうです。布一枚あればそれが服になるように、鍋ひとつあればつくれるスープは料理の原型のようなもの。彼女は最低限のものから生み出す想像力を感動に変えるところにデザイナーとしてのやりがいを感じているようです。その延長線上に一枚の布から「家」をつくるということも構想しています。実は、HORO KitchenのWebサイトは、テントの家の絵がアイコンになっています。テントは、折りたたんで持ち運び、どこかまた別の場所で繰り広げる彼女の活動を象徴しているかのようです。

料理は演劇のようなもの

彼女は「料理は演劇のようなものだ」と言います。料理にはライブ感があると言います。食べた人の反応がすぐにわかります。その反応がうれしいし、観客と一緒になにかを生み出して行くという感覚があるそうです。「私は子供の頃から言葉で何かを伝えるのが苦手でした。」そう言う彼女にとって料理はコミュニケーションの道具。観客と一緒に「幸せ」をつくりだすというダイナミックな感覚が楽しいのだそうです。ついつい料理をつくる人と食べる人とわけて考えがちな関係を、あえて同じ立ち位置で一緒に作り出すライブ感を大事にするところに彼女の活動の本質を感じます。

スープにこだわる理由

本の中のエピソードを紹介しながら話す遠山さん

昨年出版した「POTAGE」の中に、スープにまつわるいくつかの思い出のエピソードが綴られています。小さいとき体の弱かった遠山さん、「食欲がなくても何か食べないと」と気づかうお母さんが彼女にスープをつくってくれていました。その後一人暮らしをはじめてからも、具合が悪くなり、電話でそのことを伝えると、翌日クール便で冷蔵庫にあった野菜を煮込んだスープが届いたそうです。その時のスープは体の隅々にまで染み渡り、「まるで体の輪郭がわかるかのようだった」と言います。また、おじいさまが病気になり床に伏せるようになると今度は遠山さんがス−プをつくって送り続けたといいます。スープを完成させるのでなく、病状に合わせて傍らにいるおばあさまが味付けできるように、ピューレをつくったのだそうです。こうして家族は、離れていてもスープを通してつながっていたのです。スープは遠山さんにとって特別なものなのです。

「もの」と「人」との関係

衣服や空間もつくる遠山さんですが、服や空間に比べれば、食は直接身体に入るダイレクトな消費です。食べたら形がなくなります。しかしその一瞬のかたち、消えてなくなるかたちの中に消費の本質を見いだしていこうというのが彼女の想いのようです。なくなるからこそ、あえて時間をかけて、気持ちを交換し合う行為に全力をつくすのでしょう。消費とは人と人がつながる、幸せの交換なのかもしれません。多くのイベントから声のかかる彼女ですが、昨年は少しスープづくりの仕事を控えて、本の編集に力を注いだといいます。本をつくることで、もう一度自分の活動の原点を考えてみたいと言っていました。
身体から最も遠い建築や空間、そして身体に直接ふれる服、さらに身体の中に入っていく食、その3つを同時に考えることで「もの」と「人」の関係を捉え直していきたいと言うのです。

サーカスのように

バッグ2つで料理を運んできます

「料理は演劇のようなもの」「観客と一緒に幸せをつくる」その言葉がとても印象的な取材でした。夏の終わりに来るサーカスのように、みなさんの町にもいつかHORO Kitchenが「幸せ」を運んでくるかもしれません。

プロフィール

遠山夏未(とおやま なつみ)
HORO Kitchen(ホーロー・キッチン)
一枚の布があらゆるものを包むように、一杯のスープは小さな子どもから病人まで、あらゆる場所のあらゆる人の内側を包み込んでくれる。
ケータリングや広告・雑誌でのレシピ提供から食まわりのデザインなど、自身の体験からスープを軸にした衣食住を提案。
また旅先で出会ったスープから始まった、スープを通して旅を追体験するイベント"SOUP TRIP"の企画を続けている。

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