未来のヒント

データオープン化の未来と課題~武蔵大学社会学部メディア社会学科 教授 庄司昌彦さんに聞く~

庄司さんは、データオープン化にむけた政府の政策づくりに関わる第一人者です。公的機関、民間企業、研究機関のデータをオープンにして誰もがどのような目的でも自由に使えるようにするということが大きな目標です。データというのは、社会にとって大きな共有の財産です。この財産をうまく使って社会の発展のために、また個人の利便性のために使えるようになることは間違い無く社会にとってよいことと言えます。しかしながら、そのオープン化を阻む課題や、このデータのオープン化によっておきる様々な社会現象にはリスクもあります。庄司さんは、そうした社会の変化や課題を研究の対象にしています。世界はこのオープンデータ化に向けて動き出しています。日本では東日本大震災の時に、データの公開と相互乗り入れがうまく機能しなかったということから注目され始めていますし、今回のコロナの拡大状況に対して政府や自治体のデータを利用して様々な人がその状況を可視化することができるようにもなりました。しかしながら今はまだ未来のデータが人々の暮らしに活用される社会からすると、ほんの入り口にいるようです。そこには課題や我々の意識の変革が大いに必要そうです。
今回は最近の庄司さんの大きな取り組みであるMY DATA JAPANという個人の情報と社会との関係を創造する活動と、個人の情報に関わらない公的データの可視化という2つのことを紹介したいと思います。

パーソナルデータに関する個人中心のビジョンを推進

庄司さんは2012年に「電子行政オープンデータ戦略」を発表した際に、政府がオープンデータを進めるのであれば、企業や市民の側も古い習慣や仕事のやり方を見直し、オープンイノベーションを実現しないといけないと考えたのが、仲間を集めてOpen Knowledge Foundation Japan(OKJP)を作るきっかけでした。これは世界規模での組織なのですがその中でも日本は比較的活動が活発な国のひとつで、2016年に正式な支部(Chapter)となりました。実績も積み重ねてきましたし、今後は日本の動きを世界に紹介することと、世界の動きを日本につなげることを目指しています。そして、そのOpen Knowledge Foundationの世界的な活動から生まれてきたのが個人データを対象とするMyDataという概念と運動(ムーブメント)です。まずMY DATA JAPANの活動の理念をウェブサイトから紹介します。(https://mydatajapan.org/documents/declaration.html)

MYDATAの原則に関する宣言

社会におけるパーソナルデータの重要性が拡大し続けていることから、各人がパーソナルデータについて知り、管理する立場にあることを保証することが急務になっている一方で、個人が有する知識を個人から取得し、それらから得られる価値の共有を求めることも重要になってきています。

今日、パーソナルデータに関するパワーバランスは、パーソナルデータの収集、流通、それらに基づく意思決定を行う権限を有する組織に極端に偏っており、個人は、どんなに働きかけても、自分のデータに起こることに対する何らかの制御をしたいと、望むことしかできません。この宣言で掲げた変革と原則は、このアンバランスな状態を回復させ、パーソナルデータに関する個人中心のビジョンを推進することを目指しています。また、ここに掲げる変革と原則は次の3点を基盤とする公正で持続可能な繁栄したデジタル社会を実現するための条件であると私たちは信じています。

●人々と組織との間だけでなく、個人間でもバランスのとれた公平な関係に基づいた信頼と信任。

●法的保護だけでなく、データの力を分かち合う積極的な行動によって達成される自己決定。

●組織、個人、および社会での公平なパーソナルデータの共有によりなされる、パーソナルデータによる集団的利 益の最大化。

MY DATA JAPANホームページより(https://mydatajapan.org/

個人中心という概念ですが、情報社会というのは国と個人、企業と個人といった構造で捉えやすいものです。個人の情報を企業がマーケティングに使ったり、企業の情報を警察が犯罪捜査につかったり、国が一人ひとりの行動を監視したりということに不安を覚える人も多いでしょう。たしかに情報社会では集積した個人データが大きな関心の的です。この運動は、単に企業や政府から個人情報を守るということから、より積極的に個人情報を活用して新たなイノベーションを促進していくことと、個人の自己決定に基づいてもっと有効にデータを活用できるようにすることの両立を目指すものです。
下の絵をご覧ください。さまざまな分野でデータが取得され活用される社会のイメージです。中心がなく自由にデータが活用され、掛け合わされ、使われています。そうした社会の中で「個人」がどのような関係性で存在するかがこの宣言のポイントです。この宣言文では次の絵のように、すべての中心に個人を位置づけ、実際に個人のコントロールの下でデータが利用されつつ、個人の尊厳が守られる社会を目指すべきだと示しています。企業などに対して、個人との関係を対等に、または個人が主導できるようにシフトさせていこうと考えているのです。

この時に重要になると考えられているのが、たとえば下の絵に示すような情報銀行というプラットフォームです。さまざまなITサービスから自分に関する個人データを入手して、まとめてその管理をこのプラットフォームに預けます。そしてそれらのデータを使いたいという企業に対して個人が使用許可やその範囲などについて意思決定をして情報開示をします。許可をする際の方針を示して信託するということもできるでしょう。そうして意思決定された(許可された)情報を企業へ提供したり、その履歴を(タンス預金のように自分で管理するのではなく)プロである情報銀行に管理させたりすることで個人はワンストップで自分の情報をコントロールできるのです。これが基本的な情報銀行の機能ですが、個人は、情報銀行に集めた情報を活用して、複数のサイトに分散していた自分の購買履歴データや健康データ、学習履歴などをまとめて分析することもできるようになります。企業はそうした個人のニーズに合わせてサービスの開発をしていくこともできます。個人が企業などに対して主導権を持って、自由にデータ社会と接続するために必要な新たな組織だと言えます。こうした信頼性を担保したデータ社会のあり方を日本型の世界に発信できる大きな可能性だとも言っています。

もうひとつのアプローチ

前述の個人に関するデータに対して、もう一方で都市や環境に関する公的データも自由に使える社会を実現しなければなりません。そこで、庄司さんは、個人データを触らないデータのオープン化に注目しています。たとえば国勢調査に代表されるような公的な情報である人口推移など、また企業が提供できる半公共的な情報として交通、環境情報、災害情報など、その町がどのような状況であるか一目でわかるようにすることで、市民がそれらのデータをもっと活用できる社会のイメージの促進につながるのではないかと考えています。ここでは混雑情報など個人が特定できないように統計化したデータも含まれます。
下のサイトの左はシカゴの取り組み、右はロンドン市の取り組みです。シカゴの「Array of Things」というプロジェクトは、街中にセンサーを設置しあらゆるデータを計測しています。街の大気の濃度、音、交通量など計測されたデータは個人情報ではないので、研究者にも市民にも企業にもオープンに提供され、様々なサービスやアプリが作られています。
欧州でも「LONDON DATA STORE」というWebサイトで、ロンドンの状況をつぶさに知ることができるそうです。例えば「ロンドンの犯罪率は昨年よりも3.7%減った」という分析結果が出てきたり、それに関連するような様々なグラフが表示され、元データを入手できたりもできます。地域の状況をさまざまな側面から、しかも1ヶ所で手軽に知ることができる自治体というのは実はほとんどなく、こうしたことができるだけで行政も企業活動も市民活動もやりやすくなるのです。
様々なデータがあれば、混雑の発生や犯罪の発生、消費活動の状況など地域の未来を詳細に予測することも可能です。プライバシーに踏み込むような個人データの活用に踏み込むよりも、都市や環境に関する情報を可視化して個人がそれに合わせて判断し行動するモデルのほうが簡単なのです。個人データの活用に倫理などの問題を持ち込んでいく一方で、こうした個人のデータに触れないオープンデータ化への取り組みを進めることも重要だと言います。

個人が主役である社会

庄司さんの話で一貫しているのは、国側にたってデータを活用して監視社会をつくるということでもなく、企業側にたってデータを活用してイノベーションを起こせということでもなく、また個人側にたって、個人情報を守れといっているわけでもありません。どれもがバランスよく対等な関係で存続する社会、その上で個人側に主導権がある社会のありようを目指しています。庄司さんは住民と一緒に行う地域のワークショップなどにも多く関わります。それは、市民が市民のための情報のあり方を考えるため、そして参加する人たちと一緒に、あなたが本当に望むのはどんなサービスなのか、企業や政府としてそのサービスの実現にどんなコミュニケーションをおこなうことが必要なのか、を一緒に考えていくためだと言っています。今回の取材の中での大きな気づきは、オープンデータということが個人の情報と表裏一体の関係にあることでした。個人情報を閉じてしまえば、データ社会は実現しません。しかし単に開いたのでは誰かに利用されてしまう社会になるかもしれません。データがオープンでありながらも個人が主役である社会。そこに庄司さんの論点はあるようです。

みなさんは、これからのオープンデータ社会についてどう思いますか。中にはつまらない社会だという人もいるかもしれません。しかし、一方で様々なデータを手にし、自由にその情報を横断し、新しい偶発的な出会いを楽しむ刺激的な未来も作れるかもしれません。みなさんのご意見をお寄せください。

図版クレジット:庄司昌彦
写真クレジット:PHOTO BY MIKI CHISHAKI

プロフィール

庄司 昌彦(ショウジ マサヒコ)

武蔵大学社会学部メディア社会学科 教授
国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)主幹研究員
一般社団法人 オープン・ナレッジ・ファウンデーション・ジャパン代表理事
内閣官房 オープンデータ伝道師

情報社会学を専門とし、情報通信政策、デジタルガバメント、地域情報化、社会イノベーション、高齢社会研究などに関する企業・行政との共同研究等にも従事している。東京大学情報学環客員研究員、総務省「地方自治体のデジタルトランスフォーメーション推進に係る検討会」座長、公益財団法人情報通信学会理事なども務めている。主な著書に『地域SNS最前線 Web2.0時代のまちおこし実践ガイド』(共著、アスキー)など。「行政情報化新時代」を『行政&情報システム』誌にて連載中。

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