若い建築家たちの中に芽生えている意識として、ポストヒューマニズムとも言える、人間中心の自然観から、人間も自然の体系のひとつであるという考えにむかう動きがあります。その中でも、特に海法さんは、自然全体を大きな循環とし、人の営みも、経済やそこで生まれる産業も、そして建築という行為もすべてに循環の仕組みがあるはずで、その大小様々な循環をフラットに扱っていくということ、また、その循環の一部を、できごとのように設計することに特徴がありそうです。かつての建築家のように建築の形態や空間について正面から語っていた時代(近代の構築概念に支えられた建築として考えていた時代、1990年ぐらいまではそうした建築そのものありかたの議論が建築界の主題でした。)とは隔世の感があります。それは今、私たちの資本主義経済の仕組みのほころびに気づき始め、あらたな時代への模索が始まっているという背景も重なってきます。環境をはじめ社会や経済の仕組みと建築の意義を重ねて捉えようとしているとも言えます。
東京の雪の日の風景
海法さんは、いつもレクチャーの初めに、東京の雪の日の風景の写真を見せることから始めます。この日は日常のルーティンが守れなくても許される日として象徴的な出来事だからだそうです。仕事に遅れても、学校におくれても、「しょうがない」と言える日。人知を超えた出来事なのですが、そのことが、海法さんにとっては、関心の対象になっています。 その日は、自然という大きな循環と人間の営みの循環が交わる瞬間だというのです。日常の暮らしでは、自然の循環を意識することがなくても、この日におこる様々な事象はこの自然循環との接点を意識させてくれます。現在の社会が、様々な大きさや種類の循環の重なりでできていると考える海法さん、そしてその循環への意識の強さによって、現代の社会があるとするなら、その意識の強弱を変えてみることで、未来の見方も少し変わってくるのかもしれません。
新潟県棚田の雪室
今回はこれらの課題感につながるような話をいくつかのプロジェクトを通して説明してくれました。その中から今回は3つを選んで紹介していきたいと思います。まずは、新潟に作った雪室です。この建築のある場所は、日本の棚田100選に選ばれるような美しい棚田の農作地でありながら、農家の人たちが、生産性が低いことや不便な暮らしを理由に、機械で耕作できるような平場で広い耕作地に移動してしまうことにたいして、もっとこの場所の価値を多くの人に知ってもらおうというのが、行政からの依頼だったそうです。この設計にあたって、海法さんは「雪室」について深く調査します。雪国で暮らす農家、市の職員、スノーエンジニアなどの多くの人へヒヤリングをしていきました。雪が困ったもの、迷惑なもの、という人々の言葉とは裏腹に、海法さんは、雪を資源として理解し始め、そのため、単に倉庫としての雪室というだけではなく、訪れた人がこの風景をみながら雪の価値について感じてもらえるようにつくられています。
雪室倉庫は通常は雪圧や高湿度な室内環境に対する問題が少ないコンクリート造でつくることが多いのですが、ここではあえて木造を選択します。あとから地域の農家でもなるべく安価に雪室を作れるようなモデルとなることを想定していて、材料も地域の県産材である杉を選びます。この材料の弱さを補うために、周りを二重の壁で覆いそれを一つの構造体とみなす組柱という構造の工夫をしていて、また二重の壁にすることが保温性の向上にもつながりました。もちろん雪室倉庫が求められる米をおいしく貯蔵するという本来の要求にも答えながら、この地域や雪室についてより深く知ってもらうために、回廊はギャラリーにもなっています。回廊を歩きながら、ところどころの窓から見える風景がより効果的に見えるように美しく切り取られています。このプロジェクトでは雪という資源を中心に建築がつくられ、そこに雪が降ってから溶けていくまで、さらには雪を通して、雪が降る前から溶けていくまでという大きな自然の循環システムを意識しています。その自然の循環とその地の人の暮らしの循環を重ねています。先に話したように、棚田が今後も維持されていくのかなくなるのか、棚田の荒廃により動物が里に降りてきてしまうという変化をどうするのか、雪室と林業は共生できるか、など田舎特有の様々な課題に立ち向かっています。建築を主題に、人間を中心に自然をつかうのでなく、建築、くらし、自然、その他風景や、人々の知恵など、それらをフラットに配置し、循環が不足しているものは加速させ、すでに循環の仕組みができているものは、ほかの循環との接点を探していくと言います。そのことによって見る人に、使う人に、意識しなかったことをあらためて意識してもらい、感じていなかったことを感じてもらうことができるのでしょう。
VENEZIA VIENNALEでの展示「Melting Landscape」
これは展覧会の作品です。このプロジェクトは先の雪室倉庫から展開された作品です。このプロジェクトを進める過程で、原始的でありながら、とても完成された循環の系を備える雪室に出会います。それは雪を貯めた雪山の上に林業の過程で不要になった木チップをただ積むことで雪を保温し、チップがとけていく水を吸収して蒸散作用をもたせ、最後にはそのチップが分解されて堆肥となり、農業に使えます。こうした簡易で安価な仕組みで雪室が作れるなら、雪室がもっと普及するかもしれないと考えたと言います。そしてこのことが今年のヴェネチアビエンナーレの展示として開花します。Melting Landscapeと題して、環境的には決して良くない人工的な展示場を、雪室に転用するプロジェクトを立ち上げます。北イタリアの山から50tほどの雪を運び、その雪に木のチップとは真逆の人工的な、かつどこでも手に入る銀箔を蒸着させた「プチプチ」をかぶせ、断熱性能だけでなく、輻射性能を利用して雪をどれだけ長く保存することができるのか、そして多くの来場者に、新潟で得た雪の価値に気付いてもらおうと考えたのです。ちなみに木のチップでなく、銀箔という工業的なものであるのは、工業的なものにも自然と同じような価値を見出してみよういう試みです。1ヶ月半ほど雪は持ったそうです。8ヶ月つづくこの展覧会です。今は、雪は溶けて、銀幕だけがあるのですが、その痕跡が、雪の価値や意味を見る人に問いつづけています。
日本橋の5万アイテムをストックする問屋
もうひとつの作品です。日本橋の問屋街にあらたなチャレンジとしてつくった衣服5万アイテムのストックと展示の場です。下の写真をご覧ください。すべてがダンボールを積み上げるだけで作られています。この段ボール、もともと、卸売問屋街が大量の段ボールを使うという段ボール文化がある点が発想のきっかけと言います。問屋業界と物流業界で生み出している大きな循環に注目します。建築というより段ボール家具の作品ともいえそうなのですが、破格の低コストから生まれた秀逸なアイデアと言えます。
上の写真のように大量の商品を収納しながら、おしゃれに、かつみやすくするという、卸売業のあらたな可能性を、収納とディスプレイとして見せたのです。海法さんはこの作業に当たって、ここで扱われる全てのファッションアイテムのサイズを調査し、適正な段ボールのサイズを導き出しています。ここでも、循環について、海法さんはこの段ボールを使う意味を探究していきます。この段ボールはグレーなのですが、日本では毎年15億冊弱の本や雑誌が刷られ、その3分の1が廃棄されているそうです。その廃棄された紙を溶かすといろいろな色が混じってグレーになるそうなのです。その凄まじい量の紙を、その色のまま棚として再生できないかと考え、産業の生産からゴミへの循環、さらに再活用して建築にとつなげていくのです。問屋の産業にあらたな循環を考え、さらに、この場所からさまざまな店へと移動していく大量の衣服たちの循環、そうした循環の流れの接点を、リサイクル紙の段ボールに着目して活用したのです。4000個近いダンボールだけで建築をつくったのですが、そこでつくっているのは、そこにある様々な循環に気付く装置なのです。
多様な循環
今回の取材は、建築家が未来というものをどのように捉えていくのかという、私たち研究所の問いから始まっています。建築家とは見えないものを見えるようする仕事です。その意味で建築家がとらえる社会のありようを聞くことは未来の社会を考える上で大いに参考になります。
今回の取材で感じた海法さんのアプローチが、様々な社会の出来事それぞれに、それぞれの循環の仕組みがあり、その無数の循環が、かさなって世界があるということ。自然はもっとも大きな循環であり、我々の人間の循環もそのひとつであり、そうしたものに強弱をつけずに、フラットに並べてみることで、いままで歴史の中で見落としてきたものを見つけ直していけるのかもしれないと考えているようです。未来はあらたに作るのでなく、今ある世界の中の、意識の強弱の違いを問い直し、フラットに俯瞰することで、見落としていたものを見つけ出したり、違う強弱をあらたに作り出したりすることにもつながるのかもしれません。私たちが未来を考えるとき、新たな世界がやってくるように考えがちですが、世界がいくつも存在するのでなく、ひとつの社会の見方を、多様な視点から見ることで、新しさを発見することなのです。そのことを循環というキーワードで並べていくことで、見えてくる新たな世界があるのだと海法さんは示唆しているようでした。
プロフィール
海法 圭(かいほう けい)
1982年生まれ。2007年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修士課程修了。
2010年海法圭建築設計事務所設立。人間の身の回りの環境と、人知を超えた環境や現象などとの接点をデザインすることをテーマに、壮大でヴィジョナリーな構想から住宅やプロダクトの設計まで、スケールを横断した幅広い提案を行う。
現在、東京理科大学、法政大学、芝浦工業大学非常勤講師。
主な作品に、上越市雪中貯蔵施設ユキノハコ(2021)、タカオネ(2021)、美術家の住まい(2020)、箱根本箱(2018)、ANTCICADA(2020)、Tobacco Stand(2015)など。第17回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展特別招待出展(2021)。
インタビューおよびプロフィール:Photo by Susumu Tomizawa
図面、雪景色、ベネチア(雪山の写真):海法圭建築設計事務所より提供
ベネチア会場写真:Photo by Nicoletta Grillo
その他建築作品:Photo by Soichiro Suizu