未来のヒント

何をするかを「動詞」で考える生き方~早稲田大学ビジネススクール 准教授 入山章栄さんに聞く~

入山さんは、『世界の経営学者はいま何を考えているのか』(2012年、英治出版)の中で、新しい価値を生み出す上で大切なのは、自身の知っている"知"に、まったく遠いところにある"知"を探して結びつける「Exploration(知の探索)」と、そこで生み出したアイデアをブラッシュアップし実現していく「Exploitation(知の深化)」の両方であると述べています。この「知の探索」と「知の深化」を「両利き」で行う経営の重要さを説く入山さんに、日本企業が新しい価値を生み出し続けるためのヒントをお聞きしました。

―入山さんにとっての「イノベーション」の定義とは?

定義ということはあまり考えなくていいのでは。イノベーションはあくまで結果。「イノベーションを起こすぞ!」と始めると構えてしまう。何でもいいから新しいことをして会社が少しでも前に進む努力をすることこそがイノベーションです。昔はイノベーションと言えば「技術革新」を指していましたが、今は違います。技術だけあってもイノベーションを起こせないし、新しい技術がなくても起こせることがあります。イノベーションとは、技術革新よりも広範な、「変革」そのもののことなのです。

―残念ながら、今の日本の企業からはイノベーションが起こりにくいように感じます。

ファーストリテイリング、ソフトバンク、サイバーエージェントなど、ベンチャー企業やスタートアップ企業の中には、イノベーションを起こしているところはたくさんあります。大企業でも、オーナー企業はイノベーションを起こしやすい。たとえばロート製薬は、基礎化粧品の「肌ラボ」をつくり、今は再生医療に取り組んでいます。サラリーマン社長の会社でも、ダイキン工業やブラザーなどが面白いことを生み出していますね。ブラザーは、作り手のデザイン心を刺激する「デジタル刺繍ミシン」のような祖業の分野だけでなく、通信カラオケや、ワークスタイル改革支援につながる機器類やサービスの提供も行っています。イノベーションを一番起こせないのは、大企業で、かつ社長が2期4年程度で変わるようなところかもしれませんね。

―大企業は、自社のリソース(資産)を活用できることが強みだと思いますが、新価値を生み出していくには、何から手を付ければよいのでしょうか?

日本の大企業も、新しいことをやっていかないと生き残れない。かつての日本は、既定のゴールを効率的に追及する「プロセス・イノベーション」が必要とされた時代に適合したから強かった。ところが、今はゴールが見えない時代。20年前には合っていた仕組みが、今の時代にはことごとく合わなくなっています。ゴールを設定するためには、まず会社全体で共有できている強い「ビジョン」が重要です。日本企業もビジョンを一応掲げてはいるけれど、ビジョンに本気で取り組んでいない。一方、グローバル企業は完全にビジョン重視です。たとえばP&Gやネスレは、30-50年先の未来を本気で考えています。

しかも、日本では未来を数字に落とそうとしがちです。ただ、変化が激しく不確実な現代では、未来がどうなるかなんて誰にもわからない。そこで重要なのが、「センスメイキング(意味付け、納得)」です。正しい答えを求めても得られない状況下で、「自分はこう思う」、「会社の資源をこんな風に使って社会に貢献していく」、「だから一緒にやって行こうぜ」、と社員に腹落ちさせるのが経営者の一番大事な仕事です。自分が納得していないことはやれないですからね。つまり、ビジョンが会社全体で共有化されていることが大事なのです。

もう一つ大切なのは、経営者が長期的視点で世の中を見ること。できれば長期に経営に携わることです。実は、イノベーションの試みの多くは失敗します。そんな中でも新しい価値を生み出し続けていくには、大きな方向性を示すと同時に、そこに向かっているなら多少失敗してもいい、と経営者が腹を据えているかどうかが必要になってくる。それが出来ているリーダーであれば短期で辞めない方がいい。アメリカの企業を使った統計分析では、交代後の世代で最も企業価値が高められている経営者の在任期間は13年、という結果もあります。その点、アナリストなどはどうしても3〜5年単位の短期視点のことが多いですから、その話やプレッシャーに負けないことも重要です。

―企業が新価値を生み出していくために大事なことの1つ目はビジョンが共有されていること、2つ目はトップが腹を据えて続けること。
では、ボトムアップからの新価値創造は難しいのでしょうか?

トップは自社が変わらなきゃいけないことをうっすらとでもわかっています。ただ残念ながら任期を大過なくやりすごそうとする人が多いですね。また、現場で社会や顧客に向き合っている若手もわかっている。実は、最も動けないのは中間管理職クラスです。出世の可能性がちらつくし、ライフステージ的にも家族を抱えてお金がかかる時期にいて、失敗するかもしれないリスクをとれない。しかも、会社の仕組みの中でうまくやって行ける人として育てられてきているので、新しいことにチャレンジしづらいのです。

だから、ボトムアップで新価値創造を起こすには、トップと現場が一体になって繋がっていくことが大事です。若手の志と知見を拡大し人脈形成を促して、イノベーションを生み出そうとしている、パナソニックの「One Panasonic」や、ソニーの新規事業創出プログラムである「Seed Acceleration Program(SAP)」のような取り組みにおいても、主催者は最初からトップと接点をもって、想いを共有しています。もちろん、中間層を巻き込んでいくことも大事です。どんな会社にも「変態ミドル」がいる。仕事上の立場を考えずに面白いことできる人のことです。そういう人から巻き込んでいけばよいのです。

中間層がリスクをとれるようにするには、成果だけを重視する評価制度を変えていくことも大事です。例えば米ゼネラル・エレクトリック(GE)は、「PD@GE」というスマートフォン・アプリによって、メンバーが仕事上で関わりのあるさまざまな人との、関わりの密度や質を可視化する仕組みを取り入れました。人事部門も、現在行われているような人事評価の数字ではなく、どこにどんな新しい価値を生み出していくタレントがいるかを掌握しなければいけませんね。

―くすぶっている若手に対しては、どういう働きかけをしていけばよいでしょうか?

考えるより行動すること。One Panasonicを主催する濵松さんは、異常なくらい熱量が高い。彼のように、攻撃されても、後ろから刺されてもやりきることが大事です。第一歩としては、「知の探索」のために異業種間で交流してみてはどうでしょうか。コワーキング・スペースを使って、お互いに紹介しあうところからはじめてみるのもいいですね。

これからは、考え方を「名詞」ではなく「動詞」に変えていく必要があります。つまり、企業や肩書といった「名詞」にこだわるのではなく、何をしたいかを「動詞」で考えることが必要です。自分がしたいことと会社の方向性が合っていることが重要です。ずっと会社にいたいとしがみつくのは、自分の人生を人質にとられているようなもの。会社はあくまで手段です。やりたいことがあるのなら、会社のリソースを使って新しい価値をどんどん生み出していってほしいと思います。

(聞き手:キリン食生活文化研究所 太田恵理子)

プロフィール

入山章栄(いりやま・あきえ)
慶應義塾大学、同大学大学院修士課程修了。
三菱総合研究所で自動車メーカーや国内外政府機関への調査・コンサルティング業務に従事した後、米ピッツバーグ大学経営大学院博士課程に進学。
2008年に同大学院より博士号(Ph.D.)を取得。米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授を経て、2013年より現職。専門は経営戦略論、国際経営論。
主な著書に『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』(日経BP社)、『世界の経営学者はいま何を考えているのか』(英治出版)がある。『ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス・レビュー』誌上にて長期連載「世界標準の経営理論」を掲載するなど、各種メディアでも積極的に活動している。

画像提供:PHOTO BY SUSUMU TOMIZAWA

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