石川さんのバックグランドは予防医学。予防医学者として、社会がどうしたら健康になるのかに関心があると言います。社会の健康には企業の果たす役割も大きいと考えます。そうした背景から企業の研究もしており、企業の中でどのような人が新規事業を成功させ続けているのかも一つのテーマとのことでした。そこで今回の取材では、「新規事業を成功させるためにどのような素養が必要なのか」また「クリエイティブな文化はどうして生まれるのか」ということを伺いました。
困りごとにフォーカスする
クリエイティブな環境と新規事業を成功させるということは違います。クリエイティブな環境になったから新規事業が生まれるわけではありません。新規事業を成功させるためにはまず、企業としての本当の課題がどこにあるのかを明確にする必要があります。その困りごとをいかにして解決するか、そこが重要なポイントです。
長い歴史のある企業や産業では、既存事業の中に無理だとあきらめていることがある場合も多いです。そこに切り込んで解決していくことが、多くの共感を得ることになります。
あきらめられている課題を突き止めるためには、社内の人に徹底してヒアリングすることが重要です。そのことを解決したとき社員の気持ちに可能性の火がつくのです。
「あの人が言うのなら」と言われるようになる
連続して社内でイノベーションや新規事業を成功させている人(シリアルイノベーター)を見ると、まずは社内の既存事業を立て直し、信用を得てから、新たなことにチャレンジしています。新規事業というのは、誰がそれを実行するか・誰が言うかが成功するかどうかを左右するのです。「あの人が言うのなら正しいだろう」という社内コンセンサスも大事なのです。そのためにも前述したように、社内の困りごとを解決したという実績が必要になります。まずは社内の実績をつくることが何より肝心です。
社員が創造的であり続ける仕組みを考える
社員に火をつけ続けるのには、困りごと解決とは別に運用の仕組みを考える必要があります。新しいことにチャレンジしないと評価されないという形に評価体系を変えることも一つのモチベーション維持の方法ですし、例えば現場に一定の裁量権を与えるなども良い方法でしょう。裁量権を与えることで現場での創造的な工夫が生まれ始め、現場はより仕事が楽しくなります。
考え続ける風土を作る
もう一方で、ある企業で「インサイトは何か」を掴むために社長自ら生活者の家庭に調査をしにいくということをやり続けた事例を話されました。この企業では、「まずお客様の家を訪問すること」が社内の文化になったそうです。トップが自ら動くことで、新規事業の、または困りごと解決の風土を社内につくりあげていくという方法もありそうです。この企業では、企業独自の方法論を習慣化させ、社員が「インサイトとは何か」という問いを考え続けるという風土をつくったのです。
一見普通にも見えるアプローチですが、多くの新規事業を成功している人の研究を通してのお話からは、偶然事業を成功させるのでなく、何度も成功させていくための鉄則があるようにも思えます。ウルトラCのような特別な方法でなく、当たり前のように見えることを確実にこなしていくことが新規事業成功への早道なのかもしれません。
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プロフィール
石川善樹(いしかわよしき)
1981年、広島県生まれ。
東京大学医学部健康科学科卒業、ハーバード大学公衆衛生大学院修了後、自治医科大学で博士(医学)取得。
「人がより良く生きる(Well-Being)とは何か」をテーマとして、企業や大学と学際的研究を行う。専門分野は、予防医学、行動科学、計算創造学など。
画像提供:PHOTO BY MIKI CHISHAKI