今回は「あらゆる『食』をデジタル化し、食に革命を起こす」ことを目指して活動している、OPEN MEALSの榊良祐さんにお話を伺いました。OPEN MEALSは様々な料理の味をデータ化し、データを別の場所に転送して味を再現することにチャレンジしています。これまで何を考えどのような取り組みを行ってきたのか、どのような未来を描いているのか、榊さんのお考えを伺いました。
始まりは家のプリンターから
味のデータ化・転送という構想は、2016年頃に思いついたそうです。多くの人は仮に思いついても具体的なアクションに移すことは無いでしょう。しかし、榊さんは自宅のプリンターにインクの代わりに醤油・酒・酢・砂糖水を入れてみて、味のデータ化ができないか試してみたそうです。やってみて「これはいけそうだ」と感じた榊さんは、大学の研究者やプリンターの技術者など専門家にヒアリングを実施し、構想をブラッシュアップしていきました。それまでは時間の空いたときに構想を練っていたのだそうですが、2018年、いよいよその時期と踏んでアメリカの最先端テクノロジーの祭典、SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)に「SUSHI TELEPORTATION」を出展します。「SUSHI TELEPORTATION」は東京で握った寿司をアメリカに転送、5mmのゲルキューブをロボットアームが積み上げ、低解像度のピクセル寿司を再現するというものです。一つの寿司を作るのに30分、一人前作るのに5時間かかるそうですが、その実演は大きなインパクトを生み、その後の活動を後押しすることになります。
画像・出展:8ビッド寿司
その後プロジェクトは「.CUBE」いう2つ目のステージに移ります。「.CUBE」は味・香りなど9つの要素に基づいたアルゴリズムによって、様々な料理をデータ食に変換することを目指す食のデジタルフォーマットです。イメージとしては、画像におけるjpegやpdfといった共通のフォーマットを整備することに近いそうです。これが実現すれば、誰もが同じフォーマットを使って料理の味をデータ化・共有・転送・再現できるようになります。何よりキューブ状という形態がかわいらしく、このあたりのセンスも抜群です。
出展:.CUBE
そして2019年、SXSWにて新たなプロジェクトを発表しました。これは今までのプロジェクトをさらに進化させ、味だけでなく食感の転送をしています。たとえばタコであれば、弾力のあるバネ構造のキューブにタコの味・色を加えていきます。シャリの部分はシャリの歯ごたえの構造に味を挿入していきます。中にはスープを薄い皮膜で包み、それを組み合わせた新しい寿司もあります。さらに個々人の体の状態に合わせた栄養素を提供するというチャレンジをしています。これらの寿司は体質や不足栄養素に合わせて個別化されて提供されるのです。どれもが食べてみたくなる美しいデザインになっています。
ゴールをビジュアル化して共有する
これらのプロジェクトは専門家にヒアリングや検証も行っており、すでに開発投資さえあれば実装できるレベルまで到達しているようです。様々な領域の専門家と共にディスカッションをする時に、榊さんは未来を具体的なビジュアルとして示すことを意識していると言います。専門領域の違う人同士で集まると、背景や使う言語も違いお互いの理解が難しいのですが、ビジュアル化することで参加メンバーが「このような未来はあるかもしれない」とイメージできるようになり、領域をまたいでも議論がしやすいのだそうです。こうした未来を具体的なビジュアルとして示して、そこから現在の進むべき道を考える方法を、榊さんはVision Oriented Methodと呼んでいました。
この方法は既存の思考の枠を超え、考えたこともなかったような新たな世界を提示する力を生み出します。現実の枠を超え、未来の姿を目に見える形で提示するVision Oriented Methodによって、今後様々な物語が生まれていくでしょう。
これからの食文化
これらの活動は、食をコモディティ化していくことになるかもしれません。そうした未来が食文化を壊していくという議論は起きそうです。しかしポジティブに考えるのなら、地域の消えていく伝統食をどう保存して次世代へ継承していくかということにも、データ化は有効だという捉え方もできます。さらに「データ化してどこでもだれでも同じように食べられる」ということが、かえってリアルな体験を求めるという動きにもなるに違いありません。同じようなことが、ロボットの進化でも言えそうです。技術の進化によって人間は不要になるといった議論もありますが、ロボットが進化することで人間も進化し、ともに新たな高みに登っていくという考え方もありそうです。機械と人間の間の戦いではなく、機械と人間が一緒になってそれまでになかった未来を作り出すのです。時代の進化を見ながら、そのプロセスの中で起きるこうした矛盾を考えることも大事なのかもしれません。
榊さんは、本当に味を再現するにはまだ100年かかるだろうと言います。しかしそのプロセスで食に新たな価値をつくり、食べる意味が新しい時代にどのように進化していくのかを考えることに大きな意義を見出しています。榊さんはこうも言います。「未来は1日3回食べるという習慣はなくなるかもしれない。必要な栄養素を最高の状態で食べることができるようになるとき、2食でも1食でも、または4食でも5食でもよく、食は今までと違ったものになるのだろう」と。食に求めるものが、食欲を満たすという1次的な欲求から、より高次元の欲求へと変わる可能性がありそうです。
ちなみに榊さんは、おいしいものを食べるときは事前に断食をしたりするなど体の準備をして、身体のセンサーの感度をあげて微妙な味の違いを理解できるような状態に持っていくということを心がけているのだそうです。おいしく食べるための食べ方のリテラシーも変化させたいともいいます。
今後は食だけでなく、他の分野においても可能性を可視化する取り組みを考えているそうです。特に睡眠の分野や、ゲノムの分野に興味があるそうです。科学技術の進化がどのように我々のくらしを変えていくのかを具体的に見せることで、不安を超えて積極的により良い未来づくりへとつながっていくのだそうです。
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プロフィール
榊良祐 さかき りょうすけ
1980年生まれ
2004年にアートディレクターとして電通に入社。現在は「デザインストラテジスト」として活動している。2018年のサウス・バイ・サウスウエストで世界に衝撃を与えたOPEN MEALSプロジェクトの仕掛け人。他の主な仕事として、2015年に東京都の各家庭に無料配布された「東京防災」のクリエーティブディレクションがある。
画像提供:PHOTO BY MIKI CHISHAKI