未来のヒント

社会課題を人工知能で解く〜エクサウィザーズ 代表取締役 石山洸さんに聞く〜

人工知能の活用を専門とするエクサウィザーズの代表石山洸さんにお話を伺いました。エクサウィザーズは、2017年に2つの大学発ベンチャー企業が合併してできた会社で、AI ×超高齢化などの社会課題解決をテーマに取り組んでいます。石山さんは、2017年にリクルートから転身して同会社に参画。学生時代は、文系の学部に所属していましたが、アメリカに行ってみたいという気持ちから一念発起。米カーネギー大学でのAIプログラムのコンテストに急遽応募しました。たった2週間でAIプログラミングを習得して、見事そのコンテストを通過しアメリカでの本戦に出場したそうです。これが、「現代の空海」と呼ばれる所以です。

AIで社会課題を解く

AIでどのように社会課題を解決するのか。その事例として、石山さんが注力している介護の話をお聞きしました。介護時の動画をAIで分析し、その結果と認知症の症状を照らし合わせる。そうすることで、介護者の負担度が低く、かつ認知症の症状を軽減する介護方法を可視化できるそうです。また、こうした分析には、世界的な指標があり、介護者・被介護者それぞれの立場ごとのウェルビーイングを数値として測定します。そのため、AIの活用には介護の分野において、介護の技術やロボット開発や介護の品質などを解析するソフトウェア、症状の改善を促すアプリケーションなど、様々な可能性があります。昨今、ウェルビーイングの向上ということがよく言われますが、どのように分析され可視化されることが効果的なのか。テクノロジーの可能性を広げる上でそこには重要な鍵が潜んでいます。AIによって、心の問題を身体的に理解できることがさらなるテクノロジーの進化を促していくでしょう。また、高齢者に関する課題だけでなく、他にも様々なAIの活用事例に取り組んでいるとのことでした。不妊治療改善のための受精卵画像解析、自動車の交通違反のナンバープレート分析、オレオレ詐欺や認知症による二度買いなどによる銀行口座のいつもと違う変化の分析など、その活用分野はあらゆるところにあるようです。現在、エクサコミュニティーという150を超える企業の課題を共有するプラットフォームもつくっています。課題は、企業から持ち込まれるものや、コミュニティ内で醸成されるものもあるそうです。また、社員自らが興味をもっている課題を解いていくということもあります。「解きたい人が解いていく」というプラットフォームをつくることが、石山さんのポリシーです。やる気のある人がチャレンジできるのが、ベンチャー企業のよいところだそうです。

社会にとってよいことか

技術面に加えて重要なのは、社会にとって良いことかどうかということです。おむつ交換ロボットの話では、介護者にとっては便利で、被介護者にとっても心理的な負担が少なく、快適な部分があります。しかし、そうすることで被介護者はトイレに行く必要がなくなり、運動不足で健康を損ね、その結果寝たきりになるリスクもありそうです。そこでおむつを交換するロボットではなく、トイレに行くことを介助してくれるロボットを開発する方が、本人の健康面でもまた社会面でも良い方向へとつながるのかもしれません。介護者と被介護者双方の満足度を、もうひとつ高いレイヤーで重ねていく仮説を考え続けることが重要だと言います。この事例のように、ステークホルダーが複数いる時に、ステークホルダー全員のウェルビーイングを検討し、満足度を向上できるかを考えることが大事になります。現在の介護システムでは、介護度が上がると支援金が増えますが、社会全体で見れば、介護度が下がった時に、介護者の負担感、認知症の症状、介護施設の離職率、納税者の負担額等が改善したとすると、各ステークホルダーのウェルビーイングは上がっていように見えます。社会全体の未来を見据えて、介護度が高くならないように今から投資していくといった選択肢もあるのではないかと思います。

国民が国の情報を活用すること

AIにはたくさんのデータが集められ、一元管理することができます。一方で、そのデータの管理者が国になると、国が国民を管理することが可能となり、国民にとっては脅威となります。そのため、重要なことは、そうしたデータを私たちが私たちのためにどう使えるかを考え、市民側に主体をおくことだと言います。市民が市民のためのデータベースをつくること。今回、台湾でコロナ抑制に大きな貢献をしたデジタル担当大臣のオードリー・タン氏のAI活用事例は、国家が市民を管理するのでなく市民が国家のデータを利用して活用していくこと、そこにテクノロジーの利用の未来の民主化の分かれ道がありそうです。

多様性を作り出す

目指すべき社会は色に例えるなら虹色だとも言います。社会は放っておくと一色になるという実験もあるそうです。そうならないためには、意図的に異質なものを混入することが設計上、大事な要素だといいます。これはテクノロジーというより、デザインだと説明していました。社会は多様的であることに面白さがあるのだそうです。石山さんはテクノロジーだけでなく社会をデザインすることも重要であると考えています。

両義性を解決する

人間の心は、一つのことを選択するのは難しいものです。こういう自分もいるし、ああいう自分もいると、矛盾だらけの中にいます。例えば、石山さんは全体の食事の3分の2を精進料理にしたりしています。殺生をしないということと、魚や肉を食べたいということの両方をどう重ね合わせていくのか。残りの3分の1は、肉や魚を食べることで、心のバランスをとって矛盾をクリアしているそうです。1人の人間の中にもある矛盾、ましてやコミュニティ同士、違う文化の人たちがどう接続していくのか、社会という枠組みで考えたときの重ね合わせをどう馴染ませていくのかも課題だそうです。この馴染ませ方にも、AIの応用範囲はあるそうです。例えば、夫婦喧嘩をした時に、必ずどちらかの意見で決着をつけようとするのではなく、今日は50%の確率で夫を尊重、明日は50%の確率で妻を尊重するような確率的なアプローチはいかがでしょうか(笑。

物質世界と精神世界

テクノロジーの進化は、物質世界と精神世界の両方を繋いでいかなければなりません。とくに精神世界、心の問題をどう扱うのか、ウェルビーイングを高いレベルに引き上げるためにどう活用できるのかも重要です。利己的な視点から利他的な視点に引きあげていくためにも、社員の人たちに自分の意識の分析の研修も用意しているそうです。こうした開発する側の人たちの高い意識が社会の課題を解決するときの方向性を指し示すことにつながっていきます。

取材を終えて

今回の取材での私たちの興味は、テクノロジーの進化がどのように我々の社会や暮らしを変えていくのかということに焦点がありました。AIはあらゆる分野に応用されていくでしょう。今回の取材では、製品をつくるだけでなく、そのプロセスの中で、どんな社会を作り出していくのか、そしてそのためにも今提供している技術や製品がどのように作用しているのか。それらを可視化して、さらにはその判断材料になるような判断指標を作り改善していくことを教えてくれました。また一人の個人の中にも様々な価値観が共存していることや、コミュニティをまたいで合意形成をしていく時にも、相矛盾する価値観や文化をどう重ねていくのか。そうした場面にもAIを有効に使っていくことができるのだと少し想像が膨らみました。

人口が縮小していく社会、経済もシュリンクする時代、そうした事実を受け止めながら、それらを自然な形でどう安全に着地させていくのか、矛盾を受け止め、その矛盾を重ねてそれらをなじませていくという、0か100でないテクノロジーとの向き合い方についての大きな示唆を得たような気がします。

プロフィール

石山 洸(いしやま こう)
エクサウィザーズ 代表取締役社長

東京工業大学大学院総合理工学研究科知能システム科学専攻修士課程修了。2006年4月、株式会社リクルートホールディングスに入社。同社のデジタル化を推進した後、新規事業提案制度での提案を契機に新会社を設立。事業を3年で成長フェーズにのせ売却した経験を経て、2014年4月、メディアテクノロジーラボ所長に就任。2015年4月、リクルートのAI研究所であるRecruit Institute of Technologyを設立し、初代所長に就任。2017年3月、デジタルセンセーション株式会社取締役COOに就任。2017年10月の合併を機に、現職就任。静岡大学客員教授、東京大学未来ビジョン研究センター客員准教授。

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