未来のヒント

未来の都市のかたち~建築家 豊田啓介さんに聞く~

建築家である豊田さんは日本を代表する建築家・安藤忠雄事務所に4年在籍し、その後2001年コロンビア大学に留学、コンピューターとデザインを学びます。手書きのスケッチで有名な事務所からその反対とも言えるデジタルな世界へ飛び込んだ訳です。5年間アメリカで過ごし、帰国後NOIZという設計事務所を設立します。その後はコンピューテーショナルデザインと呼ばれる新しい設計のあり方を追求し続けてきました。同時に、設計のあり方だけでなく、社会側の受け皿の変化を必要としていると考え始めます。未来の社会のイメージを多くの人が共有し、ビジネスがいかにそこに向かって動き出すのかを考えるステージに来たと強く感じているそうです。その社会側の変化をどう促進させていくかが重要な課題となり、そのためにCommon Ground Living Lab(CGLL)という実証実験拠点を複数の企業と共同で、大阪に設立しました。なぜ大阪か、そうした可能性に特に意識的になったのが、豊田さんがアドバイザーとして関った2025年日本国際博覧会(以下、2025年大阪・関西万博)が大阪で開催されるからだそうです。1970年に開催された日本万国博覧会(以下、1970年大阪万博)から50年、今度の大阪・関西万博ではどのような未来がつくられるのでしょうか。豊田さんにこれらの取り組みについて伺いました。

2019年開催の「芸術と未来展」と都市の編集性

豊田さんは、一昨年森ビルで行われた「芸術と未来展」で、2025年 大阪・関西万博の誘致会場計画の展示を行いました。概念的な展示でしたが、未来の都市のイメージを伝えるものとして大きな話題となりました。未来の都市の本質は高次元性にあるため、形としてみることが難しく、むしろ報の編集性が都市構造の基幹となる社会のイメージを伝え、無限の情報レイヤーが動的に変化する様子を、最新のオープンARを駆使して表現しました。

万博とは、こうした未来の都市への実験としては、とても魅力的な方法だと言います。未来の都市をつくるためには、一度そうした未来像を試験的に実装することが大事なのですが、いきなり実際の都市の中にインストールするにも、そんな技術はまだ存在しませんし、そこに住んでいる住民を実験台にするようなことも困難です。まずは理論や技術開発を進めながら、仮想の都市でさまざまなシミュレーションを行い、その姿を可視化して、多くの人が体感できるようにすることが、次世代のスマートシティの実装には不可欠だと確信しています。また万博という枠組みが、まだよく分からないけれど可能性は感じている領域に、多くの企業がとりあえず参加するきっかけを与えてくれると言います。企業や業態の枠を超えて、さまざまな立場から多くの企業が参加すればするほど、新しい社会基盤のシステム(これをコモングラウンドと呼んでいます)の精度が増して、かつ実用的なものへとなっていくのです。しかしその壮大な実験にはまだ多くのステップが待ち受けています。それを加速させてくれる存在が、万博であるべきなのです。

Common Ground Living Labについて

この活動の目的は、未来に起こるデジタルプラットフォーム、特に人スケールでの物理世界とデジタル世界がシームレスに重なり合う環境を、社会の中に実装することにあります。豊田さんは、3D技術を使いながら、目に見える3Dの裏側にある、人間の目には見えない物理的なつながりを促進できる、データのありかたに着目しています。これからの社会では、ロボットや自律モビリティ、ARアバターなどが、普通に日常生活に混在してくるため、彼ら多様なデジタルエージェントにも認識しやすくて動きやすいように、日常の生活空間をデジタル記述してあげることが、急速に社会の常識になりつつあるのだと言います。そうした汎用の3Dプラットフォームと様々なデバイスとの間で、自由に情報交換がされ、それを使って異なるデジタルエージェント同士が自由に情報交換を行い、その上に、これまでとは異なる領域のサービスがビジネス化される社会を構想しています。そのためには、その汎用3D空間の記述形式が重要で、人間もどんなデジタルエージェントも、そのデータを使えるようにするために、ゲームエンジンと呼ばれる記述様式を実空間に拡張する試みが、コモングラウンドの取り組みなのだそうです。未来の社会とは、人間以外のもの(デジタルエージェント)が生きやすい社会とも言えます。同時にその社会が人間にとっても住みやすい社会となるのです。そのためには、建築をつくるときのデータが他の産業に、さらに他の産業でつくられたデータがまた他の産業やサービスにも使えるように、データがつながっていくことが大事だと話します。一口に空間記述の仕様といっても多くの種類がある中で、特に人の生活空間のスケールや時間反応性に適した記述形式を整理して、誰もが使えるようにあらかじめそこに「置いてある」状況が重要で、それにはミリ単位の空間記述精度とミリ秒単位の時間記述精度が組み込まれている、ゲームエンジンが最適だと考えているそうです。

様々な企業からの依頼

いま豊田さんのところには、様々な企業から未来の都市や自社の商品の未来像を可視化して欲しいという依頼があるそうです。しかし未来の社会の本質とは、先の芸術と未来展の展示で触れたように、高次元の情報をもつ世界であるので、それを人間が理解できるように可視化するには大きな困難があります。見えないものを、見えるかたちにしてほしいという依頼に答えること自体が難しいのです。そのためには、生物学者で哲学者でもあるユクスキュルが提唱した、「環世界/Unwelt」と呼ばれるあいまいな環境理解を、「種を超えて」共通化すること、つまりはここで言うコモングラウンドを、新たな時代の人間とデジタルエージェントの間の共通基盤として整備していくことが不可欠になります。こうした理解の醸成にはどうしても時間がかかるので、それらの企業からの依頼にはワークショップから始め、様々な状況のシミュレーションや具体的な記述の試みを通して、この「環世界」を共有していくそうです。

大阪・関西万博でのコモングラウンド実装の構想

豊田さんは、昨年、オンラインゲームのFortnite上で開催され、同時接続数2700万人という圧倒的な数を記録して話題になった、トラビス・スコットのバーチャルライブの話を引用しながら、2025 年 大阪・関西万博でも、リアル会場とバーチャル会場の独自性と、その二つが融合した場合のそれぞれの可能性について話しています。現在の大阪・関西万博の目標来場者数は半年で2800万人ですが、これはリアル会場で生身の身体がゲートをくぐる来場者数にすぎません。2025年であれば、オンライン上のバーチャル会場なら2億8千万人といった数を当然目指していくべきですし、コモングラウンドのような環境が用意されれば、ロボットや他の来場者にリモートで「憑依して」来場するような、アバター来場や拡張来場など、新しい形の参加や貢献の形も一つの来場としてカウントされるべきです。そうした来場者が生身の来場者の数を大きく上回るように、会場やシステムを設計しておくべきだと豊田さんは訴えます。豊田さんの構想するコモングラウンドとは、バーチャルとリアルがシームレスに重なる世界であり、それは個人の身体という境界、万博の会場という境界、さらには万博の会期という時間的な境界までをも超えていく、現実的な拡張世界です。

*トラビス・スコットは米国出身の世界的なラッパー。世界で約3億5000万人の登録ユーザーがいると言われているゲーム『フォート-ナイト』で、バーチャルコンサート「Astronomical」を2020年に開催。たった9分のコンサートには世界から同時接続で2700万人が参加した。よくあるYouTubeや自身のプラットフォームを使ってのバーチャルコンサートとは、そのクオリティーの大きな違いが話題となった。

参考サイト:(https://front-row.jp/_ct/17414278

渋谷Hyper CAST. II

これは豊田さんが共同主宰するNOIZが、外観やランドスケープのデザインをした複合ビル・渋谷CASTの周年祭の企画として、渋谷CASTが未来のスマートシティになったら、という仮定を視覚化したプロジェクトです。NOIZでは一般に公表されない形でスマートシティ構想に関ることが多いそうですが、このプロジェクトは、そうした仕組みやかたちを超都心型のスマートシティとして再構成したものなのだそうです。一般的には平面的に広がることが多いスマートシティのイメージですが、そのさまざまなスケールのパーツを垂直方向に重ねて、垂直構造ならではのインフラなども仮定的に構成しました。コモングラウンドのような見えない社会基盤がある世界で、情報の伝達の仕組みや移動手段が、暮らしかたをいかに変えているかを示しています。こうしたかたちを見せていくことも、可視化しにくい社会の説明のありかたのひとつなのかもしれません。そして何よりも建築家である豊田さんだからこそできる可能性とも言えます。

これからのステップ

現在は様々な組織や企業からの依頼や相談は多くあるようですが、短期的な利益回収を目的としたのでは、こうした壮大なプラットフォームは作られそうにありません。30年後の未来に日本が生き残るためにも、またよりサスティナブルで多くの人に選択肢が開かれた未来を作る上でも、多様な人やエージェント、場所を超えて利用しあえるデータプラットフォームの構築をいそがなければならないと言います。大きなビジョンに向かって企業が参加していけるようにと様々な方面から働きかけています。万博もその一つの過程です。まだ見ぬ未来ですが、その実現のためには、その未来を共有しながら粘り強く進むというプロセスが必要そうです。

豊田さんの今後の動きに注目していきたいと思います。

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プロフィール

豊田啓介(とよだ けいすけ)

千葉県生まれ。1996年、東京大学工学部建築学科卒業。1996年-2000年、安藤忠雄建築研究所勤務。[2] 2002年、コロンビア大学大学院建築計画歴史保存学部(GSAPP)修士課程(ADD)修了。2002年-2006年、SHoP Architects(ニューヨーク)勤務。2007年、noiz architectsパートナー。「コンピューテーショナル・デザインの日本における第一人者」とされる。デジタル技術を応用した建築やプロダクトのデザインを中心にインスタレーション、コンサルティングなどを国内外で行う。2017年より、建築・都市文脈でのテクノロジーベースのコンサルティングプラットフォーム gluon を、金田充弘と共同主宰。
東京大学生産技術研究所客員教授、建築情報学会副会長、コモングラウンドリビングラボディレクター。
「WIRED Audi INNOVATION AWARD 2016」Innovator受賞。

作品素材:PARTY、noiz
画像提供:PHOTO BY MIKI CHISHAKI

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